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54.完全決着(12)

「お待ちどうさまです! ご注文のお弁当をお届けに参りましたー。カキフライ弁当が二つ、うちご飯の普通盛りが一つ、ミニ盛りが一つになります。お確かめ下さい」 「はい、問題なしです。ご苦労さまでした」 「ありがとうございました! またよろしくお願いいたしまーす」  会社に「ミオが体調不良で早退した」という電話がきたと知った俺は、課長と佐藤の計らいに(あずか)り、タクシーをぶっ飛ばして帰宅した。  が、ミオの健康状態を確かめた後の事考えていなかったため、昼ご飯を出前、今風に言うとデリバリーフードサービスに頼んだのである。  なぜカキフライ弁当を選んだのか? という疑問に対する答えとしては、単純に、牡蠣(カキ)そのものが、多くの鉄分を含有しているからだ。  体育の授業で部外者のジジイに走り込みを強いられ、ミオは大量の汗とともに鉄分をも失ってしまった。その結果として貧血を起こすに至ったのだから、一時しのぎとしてカキフライを食べて、鉄分を補給しようと目論んだのである。 「わぁー。おいしそうなカキフライだね! タルタルソースもいっぱーい」 「この弁当屋は、衣がサクサクしてるからな。トンカツも格別だよ」 「そうなんだ。じゃあお兄ちゃん、このお店のお弁当、よく食べてるの?」 「まぁ昔の話だな。一人暮らしだった時は、ただ弁当を買うだけのために商店街に行くのが面倒でね。ご飯も炊いてなかったから、ちょっと贅沢しちまってたんだよ」  今はまだ九月だが、冬に旬を迎える牡蠣はマガキと言って、専門店で取れたてのモノを生で食ったり、殻に乗ったままのやつを焼いて食ったりする。  今さら言及する事でもないが、牡蠣を生で食らう以上、食中毒に当たる危険性はグンと跳ね上がる。そんなリスクを背負ってまで生食したいとは思わないので、俺は加熱したものしか口にしない。  とはいえ、高温の油で揚げたカキフライですら、食中毒に遭った例が報告されているので、少しでも怪しいと感じたら、食すのは止めるべきだ。 「おっきなカキだねー。ボクが施設にいた時に食べたカキよりもずっと大きいよ」 「はは。実はね、その牡蠣は岩牡蠣っつって、ギリギリ今月くらいまでが旬の食べ物なんだよ。要は期間限定の特別メニューってやつだな」 「そうなんだ。カキでこんなに大きさが違うのってびっくりー」  ミオはそう言いながら、自分が食するカキフライ弁当の主役を、あらゆる角度から眺めている。とても興味深げだ。  どっちがどう高い、なんて金銭的な話を聞かせるつもりはない。ただ、岩牡蠣の大きさはマガキのそれを上回るので、年月を重ねた天然ものには思わず目を引かれる。  かつて俺が、島根県の海沿いにある定食屋でメシを食っていた時、おかみさんが大きな岩牡蠣を持って俺の横を通った。でっかい皿に乗せられた岩牡蠣はただの一個だが、あの成長ぶりは只者ではない。  その大きさに気を取られている俺に感づいたおかみさんは、「さっき採れたばかりなのよ。一つ千円でどう?」と勧めてきたのだが、さすがに山盛りの海鮮丼で腹いっぱいになりかけていたのもあり、体よく断った。  いかに安全とは言えど、旅の途中で腹を下すと、その後の予定が全てがフイになる。もっとも、頼めば加熱くらいはしてくれはしたのかもなぁ。 「ミオはタルタルソースは好きかい?」 「うん。だーい好き! お魚のシロミとか、エビフライとかもタルタルソースをいーっぱいつけて食べるんだよ」  なるほど。この子は揚げ物、ことに海産物のフライには、タルタルソースを乗っけて食べるのが定番になっているらしい。  某ハンバーガーショップでも、フィッシュバーガーにはタルタルソースがつきものだし、相性は抜群なんだろうな。

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