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54.完全決着(13)

「ねぇお兄ちゃん。カキって、『海のミルク』ってって言うんだよね。それってどういう意味なの?」  おかずのカキフライにタルタルソースを盛りながら、ミオは素朴な疑問の答えを求めてきた。 「いろいろあるみたいだよ、その理由。単純に、カキの身が牛乳っぽい色だからとか、牛乳にも負けないくらい、栄養素がたくさんあるからとかさ。あとは、食感がクリーミーってのも理由のひとつじゃないかな」  だったら牛乳を飲めばいいんじゃないの? という考えに至る人がいるかも知れないが、それは誤りだ。  牡蠣と牛乳に含まれる、各栄養の含有量は何から何まで同じではない。あくまで牛乳に類似しているというだけなので、片方だけ摂れば良いという話にはならない。  ちなみに、俺たちが今まさに食している岩牡蠣は、「海のチーズ」とも呼ばれるのだが、その理由は(おおむ)ね真牡蠣と同じだろう。ミオは一を聞いて十を知るお利口さんなので、岩牡蠣に関しては、特段踏み込んだ説明は要らなかった。 「このお弁当、衣がサクサクしてておいしいねー。中身はいつも食べてたカキと違うけど、海のミルクっぽさってほとんど同じかも?」 「だろうな。真牡蠣も岩牡蠣もひっくるめて〝海のミルク〟って呼ぶ人がいるのも、どっちもクリーミーな味わいだからじゃないか?」 「クリーミー?」  あ。クリーミーは横文字か。さっきはミオも聞き流してしいたようだが、さすがに二度目は無かったらしい。ミルクこそは分かるけども、クリーミーがいかな食感を指すのか? そこまでは知らない様子だ。 「そう、クリーミー。説明が難しいけど、クリームっぽいからクリーミーって呼ぶんだな。例えばチーズケーキとかはさ、(あご)の上と舌の間で伸びる感じがするじゃん? ああいう印象じゃないかな」 「なるほどー。確かに、口の中でクリームっぽいのが広がってく感じだね。ちょっと海の匂いがするけど」 「海の匂い? ああ、俗に言うところの『(いそ)の香り』ってやつだね。身の中に残っているから、噛み締めた時に感じるんじゃないか?」  大ぶりな岩牡蠣のフライを幸せそうに頬張りながら、ミオは俺の仮説にコクコクと頷く。  うちの子猫ちゃんは全く気にならない様子だが、磯の香りには好みがあるから、貝類やウニなどを食べない人は、「磯臭さがきつい」という理由で敬遠する場合がある。  その磯臭さを中和するためにレモンを絞るケースはしばしば紹介されるのだが、かえって磯臭さを際立たせる、と主張する人がいる以上、これだけでは解決策にはならない。  そういう場合は、刻みネギのような薬味を用いたり、ひとつまみの塩をまぶす。もしくは、より強い香りのゴマ油を垂らしてみてもいいだろう。  磯の香りは海産物の宿命だから、苦手な人は無理して食らう事はない。一応、そういうごまかし方もあるよ、という工夫の紹介に留めておくが、食べるかどうかは本人次第だ。「我慢してでも食え!」などと強要したら、より強い抵抗感を生むだけなので。 「お兄ちゃんも子供のころ、カキは好きだったの?」 「うん、好きだったよ。初めて食べた時は、なんで緑色の部分があるんだ? って不思議だったんだけどさ。後にそこは内臓だと聞いたら、気にせず食べられるようになったな」 「へぇー。あれって内臓なんだ? でも、どうして緑色になるの?」 「俺もその理屈はよく知らないんだけど、牡蠣は植物性のプランクトンを食べるから、ああいう色になるらしいよ。って事は、植物性プランクトンは緑色なんだろうな」 「あ! じゃあ、お兄ちゃんと一緒に見たアオウミガメと同じじゃない? アオウミガメも、海藻をいっぱい食べるでしょ?」 「……ああ、なるほど。確かにそうだね。食べたもので体の色が変わるって意味だと、共通点はあるかもだな」  夏休みにおけるミオの自由研究で、一緒に調べ物をした時に読んだ文献では、アオウミガメの場合は内臓ではないが、自らが食した海藻類の色が脂肪分に反映されるとの説明だった。なので厳密には青ではなく、せいぜい青緑ってところではないだろうか。  リゾートホテルが運営するグラスボートで、近づいてきたアオウミガメと、眩しい笑顔のミオがお揃いになった写真を撮れたのは、とてもいい思い出だ。かわいいにかわいいが加わった写真は、見るたびに頬が緩んでしまう。  そういや、あのリゾートホテルで出会った双子のショタっ娘たちに手紙を送ったんだけど、返事がまだ来ていないな。催促するのも何か違うし、何らかの都合があるんだと思って、ミオとイチャイチャしながら待つとしよう。

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