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54.完全決着(14)

「ミオ、体の調子はどう? だるかったりしない?」 「うん。今はだいじょぶだよ。お兄ちゃんが帰ってきてくれたから、元気がいっぱい出てきたの!」  岩牡蠣のカキフライ弁当を白飯のおかずにしながら、ミオが満面の笑顔で答える。ほんとにこの子は天使だな。俺がいるだけで元気になれるって、彼氏冥利(みょうり)に尽きるほど嬉しい言葉だよ。 「それを聞いて安心したよ。念のために、近くのお医者さんに診てもらおっか。四時前には夕方の部が始まるからさ」 「お医者さんって、どこの?」 「ミオの場合はスポーツ貧血だと思うけど、スポーツ内科ってとこが近くにないんだよな。ただ血液検査はできるから、近くの内科でも大丈夫だと思ってさ」 「血液検査?」 「そう。腕に注射針を刺してね、筒みたいな容器に血を集めた後、その成分を調べるんだ。もし貧血のままだったら、鉄分が少ないって結果が出るはずだろ?」 「ふむふむー?」 「お医者さんはその結果を見て、今言ったように鉄分が減ったままだったら、鉄分を増やすお薬を出してくれると思うよ。まぁ今日だけ出てきた症状だし、あんまり大事って感じじゃないのなら、二週間くらいの治療で済むんじゃないかな」 「ねぇねぇ。注射針って大っきいの?」 「意外と細長いよ。先は(とが)ってるけどね。ミオは血液検査は初めてかい?」  という俺の質問に、ちょっと不安そうな顔で頷くミオを見る限り、やはり注射針を腕に刺す痛みが気になって仕方ないらしい。  無理もない話だ。小児科の先生が抱える悩みとして深刻なのは、子供の患者に注射針を刺す際、嫌がるあまりに暴れられる事だろう。そのせいで違うところに刺してしまうと、それは(すなわ)ち事故になる。  注射や血液の採取を行う際、どうすれば安心感を与えられるのか? どうすれば痛みを負わせられずに済むのか? は、永遠のテーマだろう。  いかに「チクッとだけするよ」とか、「痛くないよ」とか、「すぐ終わるからね」と言ったところで、皮膚に針を刺された事で痛みを感じたら、子供らはギャンギャン泣く。 「ねぇお兄ちゃん。ボクが針を刺される時、一緒にいてくれる?」 「ああ、もちろんだよ。隣に座って、空いてる方の手を握っててあげよっか」 「うん。おねがーい」  ミオの哀願する様子を見るに、やっぱり注射針は慣れないんだろうなぁ。たぶん、針を刺される瞬間をも直視できないと思う。言い方は悪いけど、自分の皮膚から、痛みを伴う異物が侵入するんだからね。  午後の部から診てもらう医院は、小児科も兼ねた内科だ。ミオはまだ十歳なので、小児科の先生が担当する事になるだろう。いずれにせよ、血液検査は避けて通れない道なんだけど。 「ごちそうさま! お弁当、すっごくおいしかったよー」 「良かった良かった。何しろ、岩牡蠣のフライ弁当は今月末までの限定だったからね」  白飯こそ少なめに頼んだものの、好物のカキフライを含めたおかずも全て平らげたようだし、食欲の減退はなさそうだ。  腹いっぱいになった俺たちは、弁当の空き箱をひとまとめにして片付けると、医院が診察を再開する午後四時まで、少しだけ仮眠を取ることにした。  ミオには言わなかったけど、俺は俺で、あの偽弁護士をやり込め、警察への事情聴取にも応じたから、それなりに疲れちゃったんだよな。特に脳みそが。  医院の診察が終わったら、帰り道は商店街に寄って、二人でおいしいスイーツでも買って帰ろうかな。

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