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54.完全決着(15)

    * 「採取した血液を見る限り、数値は安定してますね」  そう話したのは、小児科の医師だった。ミオと俺は、内科と小児科が一緒になった医院にて、一時間程度で結果が出る血液検査の説明を聞くため、診察室に呼ばれたのだが、第一声で悪い結果じゃなかった事が分かり、ホッと胸を撫で下ろした。 「数値と申しますと、だいたいどの項目ですか?」 「これが貧血に関わる項目です。一番上にあるのが赤血球数で、その次にヘマトクリット。で、大事なのはヘモグロビンの濃度でね。未央くんくらいの歳だと、一デシリットルあたり、十二グラムほどあれば正常なんですよ」  ちなみにヘモグロビンとは何か? という質問における医師の回答では、ヘモグロビンは酸素と結合し、血中にある赤血球が酸素を運ぶ役目を担うのだそうだ。  で、なぜ貧血の疑いありでヘモグロビンを注視するのかというと、ヘモグロビン自身が、鉄分によって構成されているためである。  鉄分を失う事は(すなわ)ち、ヘモグロビンを減少させる事でもある。そうなると、体内に酸素を巡らせる役目がいなくなり、結果として酸欠を起こす。  その酸欠が原因で貧血やら動悸やらの症状を引き起こすのだが、今日のミオに関しては、無理やり大量の汗をかかされた結果の限定的なものであったため、スポーツ貧血に分類するほど深刻ではないそうだ。 「今の未央くんのヘモグロビン濃度は十一・七と、ちょっと低めですが、問診でお伺いした限りだと、特に目立った症状がないようだし、まぁ許容範囲でしょう」 「あの、先生。今日のお昼ご飯には、カキフライの弁当を食べさせたんですが、少しは鉄分の足しにはなったでしょうか……」  その質問を聞いた小児科医師は、机の上にある書類棚から、一枚の紙を取り出し、俺たちの目元に置いてみせた。  何だか色々な食物のイラストが載っているようだが、栄養指導の類だろうか。 「失った鉄分を補う食材としては、〝ヘム鉄〟と〝非ヘム鉄〟に分類されるんですけど、お話の牡蠣はヘム鉄だから、吸収にはいい方ですよ」  ミオは、俺と医師の間で交わされる言葉に横文字が多いからか、椅子に座ったままキョトンとしている。ヘモグロビンだのヘマトクリットだのヘム鉄だの、日常生活に馴染みがなければ、たぶんミオじゃなくてもそうなる。 「未央くんは、日常的に鉄分が欠乏しているわけではないようですし、症状も訴えていませんから、ここに書かれている食物を積極的に食べさせるほどじゃないですよ。ま、参考として持ち帰ってみてください」  ミオは、鉄分をふんだんに含む食材が書かれた紙を受け取ると、両手で広げて食い入るように読み始めた。どうやら食物の種類よりも、描かれたイラストを漫画のような感覚で眺めているらしい。 「今回は軽度の貧血だから、特に薬は必要ないでしょう。ま、食生活にだけは気を配ってあげてください。苦手な食べ物があるなら無理をさせず、お菓子で補う手もありますから――」  小児科の医師はそこまで話すと、ミオに笑顔を向け、優しい口調でこう言った。 「きつい時は無理して走らなくてもいいからね。お大事にね」  先生は、具体的に何のお菓子が鉄分の補給に適しているのかは一切言及しなかった。なぜなら、医薬品でもないサプリメントや特定の食材で作った料理やお菓子が病気に効くと言い切ってしまうと、それは民間療法の推薦(すいせん)に繋がるからだ。  民間療法すべてを否定するわけではないのだろうが、「がんに効く!」と(うた)われてきた食材に何ら根拠がないのは事実である。そもそも医師は「◯◯に期待できる」程度のものを、処方薬の代替品として勧めたりはしないので。

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