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54.完全決着(20)
「ミオ。給食では何が好きなんだい?」
ようやく日没を迎え、商店街の看板にも明かりが灯り始めたころ。鶏むね肉の唐揚げをしこたま買った俺とミオは、明日の献立を決めるため、あらゆる食料品店をブラついていた。
課長からの助言と厚意にあずかった俺たちは、明日いっぱいまで休暇を取り、家で大人しく過ごす事にした。そのための食料を調達しようって話がまとまり、現在に至るわけだ。
二人で気の向くままに、ゆるーりと歩きながらの品選びなので、ミオの貧血がぶり返す心配はないだろう。
「うーん? やっぱりカレーライスかなぁ。お兄ちゃんのカレーが一番好きだけど、給食のも好きだよ」
「はは。そう言ってくれると嬉しいな」
「むむむ? お兄ちゃん、信じてないでしょ? ボク、ほんとに大好きなんだからねー」
「ご、ごめんごめん。ちゃんと信じるよ」
ミオが言うところの「大好き」ってのが、ただカレーライスだけじゃなくて、俺本人にも向けられているのがもう。思わず緩 んでしまった頬をごまかすのが大変だ。
「じゃあ、カレーの他は?」
「いろいろあるよー。サバの味噌煮も大好きだし、アジフライもおいしいから好き。ツナマヨサラダはおかず……だよね?」
「うん。主食はご飯とかパンだし、今は『おかずサラダ』って名前であれこれ広まってるから、おかずと言ってもいいんじゃないかな」
さすがはお魚大好き子猫ちゃん。上位は魚介料理が独占しているようだ。生魚こそ給食の献立にリストアップされないようだが、アジやサバなどに寄生するアニサキスを加熱調理で駆除できるのなら、積極的にやった方がいい。
「なるほどー。あとね、男の子たちは、献立表にラーメンが載ってたらすごく喜んでたよ!」
「まぁ定番だよな。つっても、給食のラーメンだから、あんまり脂っこくないとは思うけどね」
「でしょ? だけど、クラスメートの女の子たちは、あんまりラーメンを食べたがらないの。『ご飯と一緒になるから』って」
「ご飯と一緒? つまり、炭水化物で炭水化物を食べるって話かな」
「タンスイカ、ブツ?」
「先に言っとくけどイカの箪笥 じゃないぞ。炭水化物は栄養素のひとつでね、それを多く含むのが白飯とラーメンの麺なんだな」
「じゃあ、給食のおかずがラーメンだったら、炭水化物をいっぱい食べちゃうってお話?」
「そう。ミオたちはまだ小学生だし、あんまり気にしなくてもいいんだけど、女の子はダイエットに敏感だからね。たぶん、炭水化物の摂りすぎで太るのが嫌なんじゃないか?」
ただ、給食は単純に腹を満たすだけでなく、子供たちの成長を支えるためのメシでもある。それを考慮に入れると、たとえラーメンライスと言えど、露骨に炭水化物を増やすようなカロリー計算はしないはずなんだけどな。
「あぁー、そういうお話なんだ! だから里香 ちゃんたちは、スープを残してるのかも?」
「ほぼ間違いないね。ミオはラーメンのスープ、残さずに飲んでるの?」
「うん。給食のラーメンは、カツオのダシでスープを作ってるって聞いたから」
「ははは。あのリゾートホテルへ遊びに行って以来、すっかりカツオが好きになったみたいじゃん」
「そだね。お兄ちゃんとウサちゃんと三人でお泊りしたの、すごく楽しかったもん!」
当時の記憶を鮮明に呼び戻したからか、ミオはいつものように俺の腕に抱きつき、頬をそっと寄せて甘えてきた。
こんなに喜んでもらえたんだから、来年もぜひ連れて行ってあげたくなるよなぁ。でも、さすがに二年連続で有給休暇を取ったら、課長に怒られちゃうかな。
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