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54.完全決着(21)

        *      晩ご飯を食べ終え、いかにも満足そうなミオだったが、ソファーに腰掛けるなり、俺の肩に頭を預けてウトウトし始めた。無理もないな、今日はいろんな事が起こりすぎた。  医院で受けた血液検査の結果では、欠乏した鉄分が問題のない範囲まで戻っていたものの、数値に表しにくい疲労を無かった事にはできない。 「ミオ、まだ早いけど、今日はもう寝ちゃおっか」 「うん。そうするー。お兄ちゃんも後で来てくれる?」 「もちろんだよ。それまではウサちゃんと一緒にお休み」 「はーい。おやすみなさぁい」  と、寝ぼけ眼で(うなず)いたミオだが、名残惜しさで俺の腕にほっぺたをこすり付け、ひとしきり甘えてから洗面所へと向かった。  あの子はひと度眠ると、睡眠時間中には俺に逢えなくなる。そこがさみしくなるんだそうだ。つまり、寝ている間にも意識があるって話なのかな?  あまりにも好きすぎて、ミオは時々、たまに俺と遊ぶ夢を見るらしい。その日の目覚めは、普段より上機嫌だったりする。今日の体育が悪夢として出なきゃいいけど。  明日は権藤課長の裁量で休みをもらったし、ミオも欠席すると伝えてあるので、一日中を我が家で過ごすのは決定している。  ミオの一時的な貧血が快癒(かいゆ)したのはいいが、明日にぶり返さないという保証がない。そのため、予後を見極める必要があるのだ。  よって、明日の俺はミオに付きっきりで、翌々日から登校できるか否かの判断をつけなくてはならない。課長の温情で、明日いっぱいの休暇をもらった理由はそのためである。まぁ、どの道病み上がりではあるから、課長の助言がなくても、俺の判断で欠席させていたかも知れないが。  ――しかし、今日は色々あったな。  まだ夜の八時半だってのに、ニセ弁護士をやり込めたり、精神論ジジイに課せられた過酷な走り込みで水分補給もさせてもらえず、貧血で早退したミオのために退社の許可までもらったり、良くない事が重なりすぎた。  ちなみに今は、学校側が開いた説明会に、ミオたちが在籍するクラスの保護者らが詰めかけ、怒声を張り上げて責任を追及する様子がネットで独占配信中だ。俺はイヤホンを装着した上で、その様子を視聴している。 「どうして貴方は、子供たちに走り込みをさせようと思ったんですか?」 「それはその、こちらにおられる磯谷(いそたに)先生から頼まれまして。今時の子供は基礎体力が足りないと伺ったので――」 「だからといって、子供たちに水分の補給をさせないのは虐待ですよね」 「そういう認識はありませんでした」  さっきからこうして音声付きで説明会を見ているけど、経緯の説明よりも、質問によるジジイの責任追及に重きを置いているから、質疑応答の場と化しているな。  まぁ、やった事がやった事だからな。これでもし、子供たちの誰かが手遅れだったら、この程度の怒声じゃ事は済まなかっただろう。 「貴方の認識どうこうを論じているんじゃありませんよ。この気象データを見て下さい。今日の最高気温は三十五度だったんですよ!」 「ヘタをしたら死ぬとか考えなかったんですか?」 「あのー、わたくしはかつて、こちらの礒谷先生を指導した事があるんですが、やはりその、部活動中に水を飲むと、余分に疲れてしまうというのが根底にあったものですから」  これだけ問い詰められても、ジイさんが頭のひとつも下げないのは、自分の指導に確固たる自信を持っているからなんだろうな。  その自信が誰にでも通じると思い込んだ結果、今日の惨状を引き起こしたんだぞ? と指摘され続けているのに、やたら昔の話ばかり持ち出して、今日の事件をはぐらかそうとしている。

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