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54.完全決着(27)

「ふてぶてしさの極地だな。俺なら〝お人よし〟だから引き受けると思って、最後のチャンスに賭けたのか? 残念だけど、答えはノーだよ」 「なぜ?」 「お互いにとってメリットがない」 「メリットならあるでしょ。アンタが大阪まで来れば、往復の交通費と日当が出るから、タダ働きにはならないじゃない」  何なんだ、この粘り腰は一体。俺から散々せしめた挙げ句、行き先を告げず姿をくらましておいて、今更八千円で手打ちにしろと? 「あのさ。情状証人に限った話じゃないけど、証言のために召喚された人へ支給する日当と交通費は、どこから出るのか知ってる?」 「裁判所でしょ。そのくらいは知ってるわよ。アンタは日帰りでいいから、宿泊費の心配はいらないわよね」 「日帰りで済むか否かを決めるのは君じゃないだろ。そもそも、情状証人が出廷する意味を理解してるか? 〝被告人・上原未玲が有罪になる事は確定〟した上で、被告人への刑罰を減じてやって下さい! って頼む証人なんだぞ」 「ハァ。……で?」 「は?」  俺の説明を聞いていたのかいないのか、電話口からは、気の抜けた返事しか届かなかった。情状証人という味方を付けたところで、自らの無罪が証明できないのは理解しているようだ。じゃなきゃ、日当の話を知り得ているはずがない。  でも、心底行きたくないんだよな。被告人と親しく、好意を持っている人が(おもむ)いてこその情状証人だと思っているので、未玲を嫌悪している現在の俺は不適格だ。  未玲は知らないだろうが、情状証人へ支給される日当や交通費、場合によって生ずる宿泊費は、有罪判決を受けた被告人の負担となる場合が多い。  厳密に言うと、裁判所が支給した証人への日当などは、単純に国庫から立て替えてあげただけであるため、裁判費用なども含めて、敗訴(有罪判決)した折の判決文に、支払いを命じる旨の記載がある。  被告人に支払い能力が無かったり、無罪や減刑になれば、それら各費用の負担を免れる場合も一応ある。未玲は騙し取ったお金を貯め込んでいたが、もし資金洗浄(マネーロンダリング)していた場合、それを訴訟費用などの負担に利用させていいのか? という疑問がついて回る。  よって、最初の判決すら相当先の話になるかも知れない。かといって、判決が出るまでに相当な日数を要する場合、証人への日当や交通費は、判決日まで不払いでよろしく! などというセコいシステムがまかり通ったら、証人のなり手がいなくなる。  支払い能力のある裁判所が各種費用を立て替えてくれるのは、そういった事情があるからだ。  もっとも、情状証人は(原則的に)被告人の味方であるため、有罪判決を受ける被告人の金銭的な負担を考慮して、自分への日当・交通費・宿泊費の支給を辞退するのが通例なのだそうだ。  俺なら全額貰うけどな、この高慢(こうまん)ちきな女からは。  今日はいろんな事件が起きて疲れたし、こういう「暖簾(のれん)に腕押し」みたいな、てんで実りのない長電話はサッサと切ってしまいたい。我が家の寝室では、ウサちゃんのぬいぐるみを抱っこして眠るミオが俺を待ってくれているんだから。 「――分かったか? 万が一、俺が出廷したとしても、検察の方々は君からタカられた金額に踏み入って尋問してくるんだぞ。だったら、出ない方がお互いにとって保障される、最低限のメリットなんじゃないか?」  自分がよく分からないな。どうしてこんな憎たらしい「お金吸い取りマシーン」に、こうまで親身になって説明と説得をしているんだろう。 「だったら。アンタの言う『タカられた金額』を全部返せばチャラになるんじゃない? 見返……大人の付き合いは、無かった事にするから」 「それは筋が通らないよ。被害届を出していない俺よりも、詐欺やら何やらで騙し取られた人たちへのお見舞いもろもろに()てないと」  実は「充てないと」の後に、「仁義が立たない」と指摘するつもりだったんだが、その仁義を欠いて罪を重ねたのが現状であるから、たぶん未玲には響かないだろう。  ここまでして、俺が情状証人として出廷する事がいかに無意味であるか? を言い聞かせたからには、未玲といえども断念するはずだと踏んでいたのに、一向に諦める気配がない。「無意味」が通じないなら、残る理由は「逢いたい」くらいしかないじゃん。電話を用いた、女版ロミオメールのつもりなのか?

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