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54.完全決着(28)

「くり返しになるけど、俺は、君の味方として情状証人には立てないんだ。一連の逮捕劇に便乗して、俺が被害届を出さなかったのも、君との関わりを完全に断つためだからね」 「日当に不満があるのなら、謝礼金の名目で、アンタにせびった分くらいは包むわよ。蓄財はしているからね」  話を聞けよ! 金の問題じゃなくて、こっちはもう会いたくないって言っているのに。というか、せびった事は認めるのかよ。 「何が蓄財なんだ? さも相手に気があるようなフリをして、(だま)し取ったお金を貯め込んでいるだけだろ」 「そんなお金ばかりじゃないわよ。水商売で稼いだ分が二千万あるし、口座も別だから」  未玲の言う事がほんとなら、なぜ二千万も稼いでおきながら、犯罪に手を染めたんだ? ますます意味が分からない。  その貯蓄で慎ましく節制していれば、働きながら収入を増やせただろうに。 「それとて、他の被害者への弁済に使う以外の自由は、もう君にはないんだよ。間違いなく差し押さえられるから。いい加減、現実と向き合ってくれないか?」  少しでも元カノの心に響くなら、と思って厳しい口調で訴えかけたが、未玲はとにかく性格が厚かましいので、自らへの説得や説教には全く耳を貸さない。  その厚かましさを理解した上で、切羽詰まった状態の未玲に対し、掴む(わら)を間違っていると(さと)した。それでも尚、俺を出廷させようと食い下がるのが、しつこくて嫌になる。  いかに両親と不和だからといって、さすがに未玲が法廷に立ったら、我が子の罪を減じて欲しいと願い、情状証人を買って出るんじゃないの? 勘当や絶縁をされたわけじゃなさそうだし。 「もう充分だろ? 行かねーもんは行かねーんだよ。疲れて眠いんだから、他に何もないなら切るぞ」  もはや名残惜しさなど、カケラも残っていない。この通話を終えた後は、ミオのスマートフォンにも、念のための着信拒否を徹底しておかなければ。 「……アンタ、子供がいるでしょ」 「は? 子供? 俺は独身だぞ」 「しらばっくれんじゃないわよ。アンタの身辺を探っていた弁護士が、その姿をしっかり見ているんだからね」  未玲は、思わぬ形で俺たちの身辺を探っていた事を明らかにした。だが、それは本来、弁護士がやる仕事はない。  おそらく、ニセ弁護士を演じた探偵見習いの若造が、このマンションに張り込み、俺以外に同居人がいる事を掴み、接見する弁護士を通じて報告したのだろう。 「で、子供がいたから何だ? こっちは眠いっつってんだよ。要点をかいつまんで喋ってくれないかな」 「、青い髪の毛でしょ? わたしが学生の時に産んだのよ。八年前にね」 「な、何だって! うちの春美(はるみ)が!?」 「ふふ、どうやら理解できたようね。春美はわたしが産み、育てた一人娘。あの娘の親権が今は誰にあるのか、ハッキリさせたらどうなると思う?」  はぁ。つくづくアホすぎて話にならん。  こんな簡単なトラップに引っかかった奴は、今日で二人目だぞ。実在しない娘の親権をダシにして、俺が譲歩するとでも思ったのか? 「引っかかったな。ほんとの名前は春美じゃなくて、八重子(やえこ)だったんだよ」 「そ、そのくらい知ってるわ。八重子はわたしの次女だから」 「じゃあ、何で俺と暮らしている娘を春美だと断定したんだ?」 「ふ、ふ、ふ、双子だから?」 「へぇ、そうなんだ。だったら、八重子の親権保持を確認する裁判しよっか。明日にでも、弁護士さんに君の戸籍謄本を取り寄せてもらうけど、構わないよな?」 「ぐ、ぐ……ぐぎぎぎぎぎぃーーーっ!!」  極限まで追い詰められた未玲は、悔しさが言語化できないらしく、歯を食いしばりつつ吠えるのが精一杯だった。 「さ。これでケリもついたし、最後にひとつだけ教えといてやるよ。詐欺罪で収監(しゅうかん)された受刑者は、他の受刑者たちからエグい仕打ちを受けるらしいぜ。口八丁手八丁で、人を騙し続けた報いってやつだな」 「ぎぎぎぎ。こ、この卑怯者が、偉そうにぃぃぃ」  ここらが潮時だ、録音は終わりにしよう。 「じゃ、切るね。vete al infierno(地獄に落ちろ)」  未玲はスペイン語を解さないし、怒りに打ち震えて我を見失っていたから、たぶん、最後の言葉も右から左に抜けちまった事だろう。でも、それでいいんだ。俺が何語で突き放そうが何しようが、あの女が地獄の苦しみで悩まされる未来に、何ら変更はないのだから。  さて。最後の決着もついた事だし、家にある全ての電話で着信拒否を設定したら、子猫ちゃんが待つ寝床でお休みするとしますか。  あー、長い一日だった。

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