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55.事後処理(1)
「ねぇお兄ちゃん。昨日お布団に入るのが遅かったでしょ。何かあったの?」
「え? あったと言えばあったけど、大した用事じゃないよ。裁判を控えた元カノが電話で『助けてくれ』ってすがりついてきたから、突き放しただけさ」
ミオの口元に付いた、朝食のスクランブルエッグを指で拭い去りながら、元カノ・未玲とのやり取りを説明する。
嵐のような一日が去った後に取る、ちょっと遅めの朝食は、少しだけエレガントな気分になるから不思議なものだ。
「裁判?」
「そう。悪い事したからお裁きを受ける。この国では至極当たり前なんだけど、元カノは助かりたかったんだろうな」
ミオは社会の授業で三権分立を学んでいるため、裁判所が司法の一部である事は理解している。
といっても「さわり」だけだろうが、行動が制限されている被疑者の未玲は、弁護士でもない俺に頼み事をした。それがどれだけ異様な行動なのかは、この子にだって容易《たやす》く理解できる。
「もし、お兄ちゃんが助けに行ったら、その元カノさんは助かるの?」
「無理無理。犯した罪の件数と重さが半端じゃないから、焼け石に水だよ。ある意味俺も被害者だし、逆効果になりそうだからね」
「うーん?」
ミオは今ひとつ釈然としない部分があるようで、コーンスープをかき混ぜていたスプーンから手を離し、腕組みをして考え込み始めた。
「元カノさんって、お兄ちゃんにひどいことした人でしょ? ボク、いっぱいお話聞かせてもらったもん」
「確かにそうだな。俺から金を巻き上げたり、物事がうまくいかない時は八つ当たりして、ストレス発散のはけ口にしたりとか、色々やられたからね」
「なのに、自分が困ったら助けてって言ってきたの? それって変じゃない? うまく言えないけど……」
大人がミオの言いたい事を代弁するなら、大体「無節操」とか「コウモリ女」とか「日和見主義」あたりが適当だろうか。
「確かに変だよ。何が何でも助かりたい一心で、出産経験も無い女が、『私がアンタと一緒に住んでいる子供を産んだ!』って口から出任せを言うくらいだったからね」
「え? ボクを?」
ミオがキョトンとした顔で聞き返す。
「そのつもりだったらしいよ。わたしこそが里子 の産みの親だって言い出した挙げ句、俺から里子を奪うぞ、って脅しをかけようとしてきたんだ」
「ふーん。じゃあ元カノさんは、ボクの産みの親だって嘘ついたんだね。変なのー」
「はは、確かに変だよね。何しろ『里子を産んだのはわたしだぞ!』と主張する女が、ミオの性別を女の子だと間違っていたんだから。語るに落ちたってやつだな」
その下手くそな主張を頭の中で思い描いてみたらしく、ミオが呆れた顔で大きくため息をついた。まだ十歳のショタっ娘ちゃんですら、その場しのぎでついた嘘の愚かさを察したのだろう。
「でさ。俺が、その産んだ子は春美の事か!? って聞いたら、あっさり乗っかってきてね。おまけに出産したのは八年前だって適当こくから、あの女は名前と年齢、全部外しちまったってわけ」
「しかも子供を産んだことがないんでしょ? おかしな人だねー」
食事中につき大口を開けず、手で覆ってクスクスと笑う、かようなミオの慎ましやかさを見れば分かる。あんな悪魔とは、何ひとつとして共通点がないって事が。
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