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55.事後処理(2)

「どだい無理な作戦だったんだよ。が、『わたしの産んだ子供がアンタの家にいるんだぞ?』なんて脅すこと自体がね」 「えー? じゃあ、子供を産んだってお話も嘘だったの?」 「うん。未玲は大逆転を狙って、俺とミオが一緒にいる目撃情報だけを頼りに、存在しない子供を盾に戦うしかなかったんだろうな。あれが嘘で塗り固められた、性悪女の末路ってやつさ」  百歩譲って、未玲が双子の女児を出産していたとしても、その子たちの出生届を提出する義務があるので、戸籍謄本には春美と八重子、女の子の双子(という設定)の名前がないとおかしい。  そもそも、ニセ弁護士が俺たちの済むマンション付近に張り込み、ミオの姿を見た時点で「あの、青い髪の子供は女の子だ!」と、思い込んでしまったゆえに、全ての歯車が狂ってしまった。  その誤った報告を信じた未玲も、俺より先に「わたしが産んだ娘」と、確信を持って断言してしまい、墓穴を掘ったわけだ。  自らが腹を痛めて産んだ子の性別を間違うなんて、普通だったらありえない。まぁ、産んだ経験自体がない女なんだけど。  あとは、その「娘」と誤認した未玲の言葉に乗っかって驚くフリをしながら、存在しない春美という名前を付け足せば、労せず自爆させられる。第三者がミオを遠間から見た場合、女の子だと見紛う事はよくあるが、それが俺の立場を優位に導いてくれたのである。  唯一の抜け道として「内密出産なら出生届を出さないから、捨て子はバレないんじゃないの?」と言っておけば、未玲も多少は食い下がれたかも知れない。  ただ、その言い訳も裏を返せば、「わたしは自分が内密出産した子供を捨てた」という罪の自白になるため、親権を争うどころの話ではなく、新たな刑事事件として捕まるという結末しか残っていなかった。  つまり、どの道詰んでいたということ。  食後の洗い物が終わったら、録音しておいた未玲との通話音声をデータ化して、しかる所に送信しておこう。  未玲本人はともかく、被疑者にスマートフォンを貸した留置所の職員も、この件に関してキツイお(きゅう)()えられるのは避けられないだろうが、俺の知ったことではない。  色仕掛けに引っかかったのか、裏金を掴まされたのか、その理由は何でもいい。とにかく、法を破ってまで被疑者に便宜(べんぎ)を図る事は、(すなわ)ち共犯である事を心得てもらわなければ、同じ罪が繰り返されてしまうだけだ。 「ふつうの日に、ゆったりして朝ご飯食べるの、久しぶりだねー」 「確かにそうだな。リゾートホテルでお泊まりした時も、休暇のお許しをもらったからだったし。あん時から(すで)に暑かったなぁ」 「うんうん。泳ぎに行った海水浴場の砂も、太陽の熱で焼けちゃってたもんね」  ミオはマグカップに溶かしたスープをかき混ぜながら、あの夢のような思い出の時を、うっとりとした表情で振り返っていた。  泊まりに行った場所が場所なだけに、ちょっと開放的な気分になって、いつもより大胆にイチャついた思い出が残っている。何しろ俺たちが恋人同士になってから、初めての旅行デートだったもんな。  もっとも、うちの子猫ちゃんはまだ幼いゆえ、あえて一つのベッドで体を寄せて眠ったり、腰に手を回して抱き寄せたりとか、そのくらい微笑ましいイチャつき方ではあったが。

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