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55.事後処理(9)
「ミソジってなぁに? 食べ物のお店?」
「それはたぶん『木曽路 』じゃないかな。三十路ってのは大まかに言うと、二十代が終わったって意味なんだよ」
「そうなんだ。じゃあボクは何ジになるの?」
「ミオは今十歳だから、〝一十路〟と書いて、〝ヒトソジ〟って呼ぶらしいよ。ひとつ、ふたつの〝ひと〟から来てるんだね」
一十路とはどのように書くのか? という疑問に答えるべく、虚空で指の筆を走らせ、ミオに見せてみた。
さすがに「路」を視認するのは難しそうだと思い、口頭で「道路」の「ろ」だよ、という説明を加えたら、あっという間に理解が追いついた。このように記述と口述を織り交ぜ、初めてピンとくる場合もあるのなら、積極的に取り入れた方が良いだろう。
「ふーん。じゃあボクは一十路で、お兄ちゃんは三十路って呼ぶんだ?」
「まぁ一応。つってもまだ二十八歳だから、あと二年はあるんだけどね」
「何だか嫌そうだねー。大人の人って、誕生日が嬉しくないの?」
今ひとつ釈然 としないミオが、歳を重ねる事で抱く、複雑な心境の理由を尋ねてきた。
「言い方が良くないけど、大人は自分で自分を祝ったりしないからね。例えば子供の時だったら、パーティーを開いて、ケーキに挿したロウソクの火を消してお祝いしてもらえるじゃん?」
「うんうん、ボクもチーズケーキでお祝いしてくれたよー」
「でも、何つうかさ。大人がパーティーを開こうにも、皆仕事で忙しかったりして、友達が集まらないんだよ。セッティ……準備も自分でやらなきゃだし」
「むーん? パーティーはいつからやってないの?」
「高校を出てからだな。一人で細々とショートケーキを食べて、それでお祝いはおしまいさ。あんまり大っぴらにしても仕方ないしな」
存分に甘え尽くした風のミオが、隣に腰を下ろすや、シャツの丈を両手で扇 ぎ始めた。放熱と考え事の手癖を兼ねているようだ。
そのつど、先程お披露目してくれたばかりの縞パンがチラチラと見えるので、目のやり場に困る。
もっとも、ミオは彼氏である俺だけになら何をされてもいいらしいので、「ショーツくらいだったら」ってな感じで、喜んで凝視させてくれるだろう。それを理性で抑えてこそ、里親の務めを果たす事になると考えているゆえ、俺は過ちを犯したりはしない。
「じゃあ、お兄ちゃんの誕生日は、二人でケーキ食べよ! ロウソクのふーふーもやって、楽しいパーティーにしようよ」
あぁ、何て優しい子なんだ。うちの天使ちゃんは。三十路近い大人の誕生日パーティーが大人気ないとは思わず、むしろ、子供の時の楽しさを取り戻させようとしてくれているなんて。
あまりにも有り難くて、目頭が熱くなってきた。
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