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55.事後処理(14)
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「そうでしたか。軽度のスポーツ貧血という診断結果で安静にと……」
食事をしたり、ミオに勉強を教えたりする我が家のテーブルに、並べる椅子はたったの二つ。俺とミオの二人暮らしだから当たり前なのだが、このように来客があった場合でも、念のためのスペアは一応ある。
両親や友達が来るならまだしも、不祥事を起こした学校関係者の人らに、茶菓子やら何やらを用意してもてなすのは、あまり気が乗らない。彼らは各々の使命を自覚しているため、被害に遭った生徒の保護者が気を利かせたところで、いかに喉が乾いていても、目の前に置かれた麦茶には絶対に手をつけないだろう。なぜなら「図々しい」と思われる事を恐れているからだ。
それどころか、お詫びに来た教頭先生の方から、有名店のドーナッツが詰まった箱を差し出されて、こっちが対応に困ってしまった。確かに甘いものは俺もミオも好きだけど、何しろ、頂戴するシチュエーションがよろしくない。
「あの。お気持ちはありがたいんですが、まだ本人の事もありますので、いま受け取るわけには――」
「なっ、何卒よろしくお願いいたします!」
うるさっ。何で市教委の職員さんは、そんなに気合が入っているんだ。
隣の教頭先生ともども深く頭を下げ、ドーナッツの箱をズズイと押し戻してくる様を見るに、たぶんお見舞いの品として選んだこれの受け取りを拒否されたら、上から大目玉を食らうみたいな通告を受けたのだろう。
察するに、学校側でプールしている「内部留保的な」お金の中から、これだけの品を各家庭に送る経費の稟議 が下りたってわけだな。会社に例えると。
「私どもは、こちらの品で示談とさせていただきたくつもりではございません! し、し、しかるに! 不手際を働いた我々が、何も持たず、たた、たーだーお名刺だけの交換で!」
「ちょっ、ちょっと。もう少し声を落としていただけませんか? 子供が寝ているので……」
まぁ。実際は寝ていないわけだが。現在寝室にいるミオは、膝立ちで頭からタオルケットを被り、ウサちゃんのぬいぐるみを抱っこしている写真と「お兄ちゃん、すきすき」という愛の言葉を添え、応対中の俺に送信してきた。
思わず頬が緩んでしまいそうになる、この一枚。しかしながら、ドーナッツを持参し、沈痛な面持ちでお詫びに来た二人は至って真剣なのだから、ちょっとの間だけ辛抱しよう。
「しし、失礼しました。と、とにかく、この度の不始末は、全てこちら側に落ち度があります。未央 さんにおかれましては、どうお詫びを申し上げたら良いのかと、我々市教委と学校で協議を重ねま、ねまして」
「未央さんの快癒 をご祈念いたしたく、お見舞い品を持参した次第でございます」
と、教頭先生が成り代わって受け継いだ。
どうも市教委の職員さんは、常に狼狽 しているからか、やたらと吃音 が多い。別に取って食いやしないのに……とは思うのだけれど、それは、ウチのミオが軽い貧血で済んだがゆえに生まれた心の余裕である。
今も熱中症で入院中の子らの保護者さんは、とてもじゃないが、そんな事を言っている場合ではない。お見舞い品に選んだドーナッツだって、病院の判断による以上、おいそれと受け取りはしないはずだ。
かわいい我が子の命を危険に晒し、張本人不在で詫びに訪れるのが、どれだけの人らに受け入れられるのか、各家庭によって異なる。
ヘタすりゃ、激昂した保護者に横っ面を引っ叩かれる危険だって出てくる。ゆえに、学校を監督する立場の市教委から人員を派遣し、厳しく指導した後の謝罪訪問、という構図を見せたいのだろう。
だったらもうちょっと場数を踏んだ、ベテランの方を寄越したほうがよかったんじゃないの? という考えが一瞬だけ頭をよぎったが、「謝罪のベテラン」ってのも嫌な表現だな。
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