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55.事後処理(15)

「この度の事件は、全て弊校(へいこう)教鞭(きょうべん)を取っていた磯谷(いそたに)の独断によるものです。しかしながら、その事件を未然に察知できず、あまつさえ、症状の軽い子を徒歩で家まで送ったという判断ミスは、到底許されるものではありません。深くお詫び申し上げます」  そう言って深々と頭を下げた教頭先生は、かなり慎重な言葉選びをしている。自分たちが勤める小学校をへりくだって「弊校」と呼んだのが顕著(けんちょ)な例で、聞き慣れないけれども使い方は間違っていない。  教頭先生は学校の代表として、昨日起きた「精神論ジジイ事件」のお詫びで各生徒たちの住居へ訪れているため、まかり間違っても「我が校」とは言わないだろう。  そういや、ミオがいるクラスの担任って、磯谷という名前だったんだな。俺と同い年くらいだという印象はあるが、この大惨事を引き起こす前に、何をどうしたら生徒たちが熱中症でダウンするのか、学習はして来なかったのかねぇ。 「こうして、教頭先生や市教委の方にまでご足労いただくのも、当方としては勿体ないと思うのですが――」 「いい、いえいえ、滅相もない!」 「柚月(ゆづき)さん、それ以上仰らないでください。この度の過失は、弊校の指導不足が招いたものです。つきましては、未央さんの通院等々にかかった諸費用の弁償に関しましてのご案内を……」  小学校の代表として訪れた以上、教頭先生が無礼を働くわけにはいかない。それは分かるんだけど、言葉遣いに気を取られて遠回りな表現が増え、なかなか本題に行き着きにくいのも事実だ。  要約すると、クラスの全員が登校を再開できたところで、症状が回復するまでに使ったお金を弁償します、という旨の話だった。  結構な額になりそうだけど、あの学校にそんな予算があるのか? 諭旨免職(ゆしめんしょく)の処分でクビになった先生にすら、退職金を払わなきゃいけないのに。  ウチのミオは軽いスポーツ貧血という診断がついたものの、特に処方箋(しょほうせん)などは出してもらっていない。鉄分補給の目的で岩牡蠣のフライ弁当を食べさせはしたが、どこまで効果があったのかは分からない。  ただ現実として、俺のシャツが気に入ったらしい我が家の子猫ちゃんは、同じベッドで一晩ぐっすり眠ったからか、今はすっかり元気になっている。少し間を開けてから、再度お医者さんに診てもらおうとは思うが、それも請求するのか?  手続きが面倒だなぁ。領収書と申請書類の写しを封筒に入れて、ミオに持たせるか、小学校に郵送するかの択一。過去の俺がむしり取られた金額に比べれば、実に微々たるものなので、いまいち気が乗らない。  それより俺は、騒ぎの張本人である担任と、精神論ジジイに頭を下げて欲しかったんだけどな。無理な話なのかな。 「昨晩、会見の様子を拝見したんですが。磯谷先生……だった人と、もうお一方は、この件に関してどう思われているんですか?」  わざと、答えにくい質問を飛ばしてみた。ここで教頭先生らが変に茶を濁すようなら、今までの誠意ある態度が水泡に帰すわけだが、果たしてどう反応するのか。

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