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55.事後処理(17)

「お話、よく分かりました。ただ、保護者である僕個人としては、学級閉鎖によって、子供たちの勉強が遅れる事に危うさを覚えています。こればかりは、お金で解決できる問題ではないですから」  ついでに、「気合や根性で取り戻せる性質のものじゃない」と付け足したところ、教頭先生が色を失い、見せる顔もなし、とばかりに肩を落としてうなだれてしまった。  今のはお詫びに訪れた相手にとって、ちょっと意地悪な物言いではある。ただ、性質の異なる意地悪を幼い生徒たちに向けた結果、厳しい残暑にやられ、次々と病院に搬送されたのも事実だ。  この人が悪くないのは重々承知だが、窓口役として謝罪に回っている以上、保護者や生徒の意見や要望を吸い上げ、次に活かしてもらわなければ、また同じ事が起きてしまう。 「再発防止」は企業だろうが学校だろうが関係なく、防げるミスなら防ぐのが当たり前の世界だ。同じ過ちを繰り返し、信用を失った先に希望などない。  ただ、学校は「校舎ごと潰せ!」のように過激なお叱りを受けない。なぜなら学校が潰れて困るのは通学中の生徒なのだから、せいぜい担当者のクビをすげ替えるくらいが関の山だろう。  とにかく。ひと通りの説明は聞けた事だし、これから他のお宅も回るのだろうから、長居させてもよくない。やんわりとお引取りいただこう。 「ありがとうございます。柚月さんの貴重なご意見を聞かせていただき、我々も感謝しております。では、これで失礼いたします――」  もの凄く気を遣ったドアの閉め方に感心しつつ、そーっとドアロックをひねると、ミオが曲がり角から顔だけ出し、様子を伺っているのに気がついた。 「お話、終わった?」 「ああ。ついさっきね。教頭先生がミオの事心配してたから、今はかなり良くなったって伝えておいたよ」 「ありがと。ボク、教頭先生にはいっぱい話しかけてもらえるから好きなんだけど……」  そこで口ごもった理由(わけ)を察するに、おそらくこの子は、そこまで優しくしてくれる教頭先生が怒られる様を見聞きしたくなかったのだろう。よく分かるよ、その気持ち。 「でさ、見てごらん。先生たちが、ミオへのお見舞いにって、箱いっぱいのドーナッツを買ってきてくれたんだよ」  俺の指し示した先に目をやったミオは、ドーナッツ模様の箱を見つけるなり、開封前の箱から漂う香りを確かめ始めた。子猫系ショタっ娘ちゃんだから嗅覚が強いのかな? 「すんすん。これ、スロベニアの匂いがするよ、お兄ちゃん」 「え。……スロベニア!?」  スロベニアの匂いって何だ? 俺はあまりドーナッツに詳しくないから想像しかできないが、もしかしたら、新商品に国の名前を付けたって話なのか?  何かお国を代表したトッピングがあるとか、焼き方が異なるとか、あるいは形状が独特だとか、そう名付けるならば、何らかの独自性ありきでこそだろう。  余談だが、スロベニアは法的に同性婚を認められている欧州の共和国だ。その歴史を(さかのぼ)ると、まずはパートナーシップ制度の可決から始まった。が、当初は異性婚ほどの効力を持たず、お互いの遺産を相続する権利すら認められなかったそうだ。  それでも幾度となく法案が提出され、否決されながらをくり返し、同性婚として正式に認められたのが、つい最近のことである。

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