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55.事後処理(18)

「して、そのスロベニアは一体、どんな匂いがするんだい? サルミアッキ、はフィンランドあたりのお菓子だから違うとして……ってこれ、ストロベリーチョコの匂いじゃん」 「ほぇ? ボク、さっき何て言ったっけ?」 「スロベニア。ミオがストロベリーと間違って覚えてたのは、ヨーロッパの国名だったんだよ」 「そうなんだ! お勉強になったね、ウサちゃん!」  またひとつ賢くなったミオは、シャツのお腹部分に収納された、垂れ耳ウサちゃんのぬいぐるみをナデナデしていた。  優しい子だねぇ。自分が俺の子供を産んであげられないと知った時から、こうしてウサちゃんを、二人の子供として可愛がってくれているんだ。  たまに自分のお腹へ戻しているから、ミオは有袋類(ゆうたいるい)なショタっ娘ちゃんかも知れないな。  それは微笑ましいからいいとして、先ほどの覚え違いに戻ると、たぶんミオは横文字、つまりカタカナ文字を〝画像〟として覚えているんだと思う。  たとえば、今しがた覚え直したばかりの「ストロベリー」というカタカナで構成された単語の場合。読み・書き・口述でストロベリーと伝えるためには、何度もくり返して筆記するなり、耳で聞いて脳みそに染み込ませる必要がある。  カタカナは、おそらく小学校一年生で習う文字じゃなかったっけ? ひらがなに次いで覚えるのがカタカナで、その後に簡単な漢数字……という順序だったような記憶がある。  ただ、舶来した英単語をカタカナにするのは相当至難な技だ。「いちご」を「イチゴ」と書けはするが、「ストロベリー」といった英単語に馴染みがないうちは、ひとまずそういう並びの〝画像〟だという風に覚えるしかない。  そして画像になった「ストロベリー」は、何らかの機会で読み方を覚える。しかし、実物と名称を同時に学ばなければ、英単語のカタカナ化は困難を極める。そこでミオが編み出したのが、次のような作戦である。  今回の場合だと、ストロベリー以前に記憶したカタカナ画像の中から、似通ったものをいくつか候補に上げ、最も類似性の高いものを採用して口述しているらしいのだ。  ある意味才能だよな。将棋の某天才棋士も、盤面を一枚の絵で覚えているって聞くし、ミオの特殊な覚え方は、俺みたいな凡人には到底できない芸当だよ。  それ以外は大体ただの天然だけど。  スロベニアを持ち出したのはまぁ良いとして、だ。かつてはひらがなのみで覚えていた自分の苗字と名前を、さっきの画像作戦に頼って書くとえらい事になる。  そこで俺は、正しく筆記できるか否かのチェックとして、手のひらを差し出し、指文字で自分の名前を書かせてみた。このくらいならミオでも造作ないだろうが、念のための確認だ。 「――シ・マ。でしょ、名前がミーオーだけど、お兄ちゃんは『ミオ』って呼んでくれるから、そのままミオって書いてもいーい?」 「うん、そっちでも構わないよ、っていうかさ。今更だけど、『ミオ』って呼び方、気に入ってくれてるんだね」 「もちろんだよー。だって、お兄ちゃんが考えてくれた呼び方だもん。好きに決まってるでしょ?」 「そ、そっか。いやー、ミオが初めてだよ。そんなに嬉しい事を言ってくれる娘。ははは……」

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