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55.事後処理(19)

 ミオは、俺の自虐的な笑いで何かを察したらしく、さっきまで黒板代わりにしていた、俺の手にほっぺたをこすりつけ始める。  ぷにぷにで瑞々(みずみず)しさに溢れる、ショタっ娘ちゃんならではの美肌。これで洗顔と日焼け止め以外、何のお手入れもしていないってんだから驚きだよな。  いくら頭の中で、ミオの性別が男の子だと判別できていても、脳みそがそのつど「ここがトキメキポイントなんだよ! こーこ!」みたいな信号を送ってくる。  言葉に頼らなくても、密着するほどに体と頬を寄せ、自分の温もりを感じさせる事によって、「ボクがいるよ!」という愛のメッセージを伝えてくれているのだ。そりゃあ、俺の脳みそも惚れちまうわけだよ。  この子は細かい背景や事情を知らなくとも、持ち前のカンの鋭さで、彼氏である俺の心に疲れや傷があるのを見抜くことができる。その正解率はほぼ百パーセントだ。  そんな時にこそ、ミオはいつもこうして、全精力を注いで俺の心を癒してくれるんだ。ハタ目から見ると区別はつかないかも知れないが、甘えんぼうな時のミオは夢中になる。強いて違いを挙げるなら、せいぜいその程度だろうか。 「突っ返すのも気の毒だから貰っちゃったけど、朝ご飯を食べてから、まだそんなに経ってないしなぁ。どうしたもんかな、このドーナッツ」 「うんうん。今はまだお腹いっぱいだもんね。おやつの時間にちょっとずつ食べよ!」 「ああ、そうしよう。あんまり長く保存できないから、とりあえずは冷蔵庫で冷やしておきますか」 「はーい。じゃ、ボクが置いてくるね」  ミオを我が家に迎え入れてから、およそ二ヶ月ちょいが経つ。同居し初めはちょっと遠慮がちで引っ込み思案な子という印象だったけど、我が家の勝手が分かってからは、こんな感じで進んで手伝ってくれるようになった。  ショタっ娘ちゃんでも出来る雑用や家事の全ては、近い将来、俺のお嫁さんになるミオが自らに課した〝花嫁修業〟でもある。かつて聞かれた、「男の子と男の人が恋愛をしてもよいか?」という質問への答えが、ミオの背中を押したのかも知れない。  ……である以上、来る「あの日」には、ウェディングドレスを着せてあげたいよなぁ。俺にとってもミオにとっても、おそらく一生で一度っきりの婚礼儀式になるんだし。  というか、そもそも十歳かそこらのショタっ娘ちゃんが着るウェディングドレスって、どこでレンタルすればいいんだ? ネットで検索をかけ、いくつかのフォトスタジオを調べてみたが、今ひとついい結果が出ない。  例えば成人した夫婦が、自分たちの子供と一緒に写真(フォトウェディング)を撮る際の案内こそはあるものの、その子供らと同い年くらいのミオが嫁になる事例は全く想定にないようだ。まぁ当たり前か。 「お兄ちゃん、ドーナッツの箱しまってきたよー。一番空いてた真ん中のお部屋に置いてきたの」 「うん、ありがとな。と、ところでさ。ミオは、ウェディングドレスを着てみたいと思う?」 「え? どしたの急に。『うえでぃんぐどれす』がどんなのか分かんないけど、女の子用のドレスなら着てもいいよー」  軽っ! あまりの即答に、尋ねた俺の方が狼狽(うろた)えてしまった。  というか今更な質問だったのか? ミオは普段から女の子用のショーツを違和感なく穿きこなしているし、よそ行きの衣服も中性的なものが多い。「女の子用のドレス」って言い回しが気にはなるが、今はどんな衣装が出てもおかしくないからなぁ。

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