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55.事後処理(20)

 ミオは、ウエディングが「結婚」を意味する外来語だというのは既に知っている。その外来語に、もっとよく馴染みがある「ドレス」が付いた事から、衣装の方にだけ気が行ってしまったらしい。  ちなみに、どうしてミオがドレスに馴染みがあるのかは不明だ。なぜなら、その説は何ら根拠のない、俺の勝手な推測によるものだから。 「なるほど、ドレスはOKと。すっごい失礼な事聞くかもだけどさ、ミオって施設にいたころ、女装をしたことはあるの?」 「ジョソウ? 女の子の服ってこと?」 「そそそ。ほら、園長先生がカタログを持ってきて、その……ショーツとかも買ってくれたって言ってたじゃん? だから、スカートも穿いたことがあるのかなーって」 「んー。スカート?」  再びリビングへ戻り、ソファーに掛けた俺の膝の上で甘えるミオが、にわかに起き上がって腕組みを始めた。当時の自分が、スカートを穿いた経験があるか否かを思い出しているらしい。  そうまでして記憶を(さかのぼ)理由(わけ)を推し量ると、全く経験がないのか、せいぜい片手で足りる程度の経験しかなさそうではある。  ウェディングドレスは大切な結婚式のためだから除外する、としてもだ。ミオに女装させるのは、男の子であるという事実の否定に繋がりはしないだろうか?  さすがに考えすぎかな。まだミオの返事を聞いていないのに、一人で想像を膨らましても仕方ない。 「うーんうーん。いつも女の子の役で遊んだことはあるけど、スカートまでは穿かなかったかなぁ」 「お、女の子の役とは!?」  何なんだ俺は。一体何を興奮しているんだ? こういう時、成人男性はソッチの方ばかり想像しちゃうから、俺もご多分に漏れなかったという証明なのか。 「前にお話したかもだけど、おままごとはいつも、ボクがお嫁さん役だったの。でも、変じゃない? 女の子はボクの他にもいるのに、『未央(みおう)お兄ぃがお嫁さんやって!』って頼むんだよー」  まぁ、分からん話ではないな。ミオは女顔、というより美少女寄りだし、かつ、同じ男の子として頼みやすいなら、そりゃミオにお願いするだろう。 「はは。あくまで〝ごっこ遊び〟だし、ちょっとおませなお嬢さんは乗り気じゃなかったんじゃないか? たぶん、ミオの方が女の子たちよりもノリが良かったんだよ」 「そうなのかなぁ? でも、今度はお兄ちゃんが約束してくれたから……お遊戯(ゆうぎ)じゃなくなるんだよね! えへへ」  ミオは俺の頷きを見て、あの時の約束が本物だという確信を持ったらしい。微笑みつつも顔を赤らめ、澄んだブルーの瞳がほんのり潤んでいる。ミオの言葉を聞く限り、やはりウチの子猫ちゃんは、何があろうと、本気で俺のお嫁さんになるつもりらしい。  恋愛の多様性を説いた俺がミオの告白を受け入れ、こうして相思相愛の仲にまで発展できた理由(わけ)は、至ってシンプル。俺もミオに惚れたからだ。惚れた相手がたまたま男の子だっただけで、それが交際を断念する理由には絶対にならない。  ここまで好きでいてもらえて、積極的なアプローチをかけられて、「ゴメン無理」って言える男は何人くらいいるんだろう。少なくとも俺は、いかに世間の顰蹙(ひんしゅく)を買おうとも、ミオを嫁として(めと)る決意を曲げるつもりはないけどな。 「ドレスのお話はまた今度してあげるよ。おいで、ショタ猫ちゃん」 「にゃん!」  大好きな抱っこをしてもらえるミオは嬉しさのあまり、子猫の鳴き真似をしながら膝の上に乗った。  こうして仰向けになって俺に抱かれ、ナデナデされるだけで、ミオは幸福感でメロメロになる。この子に限っては、今以上のスキンシップは当分必要なさそうだ。

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