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55.事後処理(21)
*
――昼食後。
昨日の謝罪会見の配信で、ネットが使える日本全国民の耳目を集めた「精神論ジジイ事件」は、さっそく報道番組やらワイドショーやらで取り上げられていた。
そりゃあ、この問題が大きく注目される事で、熱中症の恐ろしさを再認識するきっかけになればいいけどさ。事件に無関係な学年・学級の子にインタビューを試みるのはやり過ぎじゃないの?
ジュニアアイドルのスカウトじゃあるまいし、一体誰のためにやっているんだ? そのインタビューは。
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「ん? 何だい?」
「ショタネコちゃんのショタってなぁに?」
「ほぁっ!?」
やっちまった!
お昼ご飯を食べる前、俺がミオに「ショタ」という専門用語を口に出し、抱っこされた時の記憶を今になってたぐり寄せたようだ。
「あのー、ごまかしても無駄だから正直に言うけど、ミオくらいの歳の男の子をそう呼ぶんだよ。裏の世界ではね」
「裏の世界? 怖い人がいっぱいいるの?」
「全くいないよ。少なくとも、俺の周りにはね。そもそも、『ショタ』の語源はアニメのキャラだからさ」
だったらアニメの世界は裏の世界って事になりゃしないか? という疑問が一瞬、頭をよぎった。
が、ミオ自身がアニメに好印象を持っているため、フィルムの向こう側か何かの、おとぎ話的な表現だと解釈したようである。
「ふーん。じゃあ、双子のレニユニくんもショタなの?」
「まぁ、たぶん。あん時に年齢を聞いてないから何だけど、ミオと同い年くらいならショタだな」
「それって学校でも使っていい言葉?」
「いやいやいやいや! 絶対ダメ。俺が怒られちゃうから」
俺は冷や汗をかきながら、改めて「ショタ」という言葉が持つ意味や、語源となった架空の少年が誰か、などのコアな知識を授けてしまった。
なぜ普段から使ってはいけないのか、その理由を説明するのが最も難しい。ネットの世界でこそ、ほぼ日常的に飛び交う単語ではあるが、この現 し世 においては勝手が違う。
うっかり口を滑らせて、大勢の人前であどけない男の子を指差し「ショタ」と呼んだ時点で、俺の人生は終わる。
「ってなわけだから、二人だけの時以外にショタって言葉は使わないようにしようね。何なら、記憶から消してくれても構わないから」
「わかった!」
ミオは元気よく返事すると、爽やかなブルーのショートヘアを揺らし、改めて、俺の腕に首を傾けた。
この様子から察するに、ショタという用語が持つ事情やら用法やらがあまりにも複雑すぎるため、とにかく使わない引き出しにしまっておきゃいいや! という結論に達したようである。
どうせ使わない言葉を深掘りするよりは、その時間で俺に甘える方に価値を見出した、ってなところだろう。実に効率的なショタっ娘ちゃんだ。
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