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55.事後処理(23)

「怖い病気なんだねー。じゃあ、最初の予定通りにポートボールで遊んでいても、ボクたちは熱中症になってたかもなの?」 「〝かも〟の一言に尽きるな。少なくとも、担任の先生だった人は、『水筒に口つけちゃダメ』とか『屋根の下で休むな』とは言わなかった〝かも〟だし」 「どっちにしても……だったのかなぁ」  いや、そんな事はないよ、とは言えなかった。なぜなら俺は、ミオのクラスで担任だった磯谷(いそたに)氏の本性を全く知らないからだ。  昨夜の会見で明らかになった事実を整理すると、磯谷氏は、かつての恩師だったジジイを学校側に黙って迎え入れた。しかもご丁寧に、自らが校門の施錠を外して。  これが大・大・大悪手で、ややもすると、彼は共謀罪でお裁きを受けるおそれもあった。  もしもジジイがバットではなく、鋭利な刃物を持って侵入してきたら――? と考えたら、とてもじゃないが、磯谷氏の行動は正気の沙汰とは思えない。  かような事実を踏まえた上で、ミオの保護者である俺が、磯谷氏へ声をかける機会があったとしても、「君、よく今まで教師やってこれたね」みたいに突き放す事しかできないだろう。 「ハッキリとは言い切れないけど、時間の問題だったかもね。危機感を持ってない結果があれなんだから、危なすぎて子供を任せられないって理由で諭旨免職を食らったんだろ。しばらくは札付きの問題児として、常識を叩き込む事を含めて研修をやり直すんじゃないかな」 「ユシメンショクってどんな字なのか分かんないけど、クビになったってことだよね?」 「うん。ハッキリ言うとクビだな。とは言ってまだ若い先生だから、お情けがこもったクビで済んだだけマシだよ」 「お情け? それって、『ユシメンショク』よりもひどいクビがあるってお話?」 「あるんだよ、それが。その名も『懲戒免職(ちょうかいめんしょく)』って言うんだけど、学校から追ん出されるのに加えて、先生として働くための免許まで取り上げられちゃうからね。先生らのクビとしては最も重いだろうな」 「免許が取り上げられる」と聞いたミオは、懲戒免職という処分の厳しさを即座に理解したようだ。顔は青ざめ、ひゅっと吸い込んだ空気によって、(つや)のある唇が潤いを失いかけている。 「――もっとも、よっぽど酷い事さえしなきゃ、大抵は大目玉を食らうか、お賃金を減らされたりで済むんだけどね。今回は、それじゃ許されない事件になっちまったんだな」 「うーん。いつもはまじめな先生だと思ってたのにー」  この世に生を受け、まだ十年ちょいのミオは、児童養護施設の職員から心無い暴露を受け、大人全てが信用できない時期があった。  今でこそミオの彼氏(兼・養育里親)である俺を始めとして、実家の親父やお袋、クラスメートのご両親など、いろんな大人に心を開く機会が増えている。  その最中(さなか)に起こした事件がこれだからな。新しい担任の先生が来たところで、また暴走して何かやらかすのでは? という不安にかられ、登校を嫌がる子は少なからず出てくるだろう。もしミオがそうなっても、俺は無理に登校させるつもりはない。

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