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57.鬼と狂犬、狭間に俺(1)

 ――俺とミオが、学級閉鎖のあおりを食った翌日。  始業の二時間前に出社した俺は、さらに早くデスクについていた営業一課のドン、権藤(ごんどう)課長に呼び出された。  手書きでまとめた「事の次第」を報告用に清書するべく、いつもは誰もいない午前七時の出勤を狙った。ここまでは筋書き通りだ。  が、尋常ではない洞察力を持つ権藤課長にだけは、それすらもお見通しだったらしい。小会議室には営業部のトップ、秋吉部長を待たせているから、部長同席の上での報告を行うよう命じられたのである。  秋吉部長といえば、そりゃあ部長職なんだから、言うまでもなく課長よりも偉い。少なくとも地位だけは。にもかかわず、こうして始業二時間前に出勤した理由は、たぶん本人の意思ではないだろう。  今の俺がこんな事を言える立場にないのを承知の上で明かすならば、秋吉部長は現職への昇進前から、野望と人望が著しく欠如している残念な人として有名だった。「自分の事で手一杯だから、部下の世話をする余裕と自信がない」というのが、権藤課長から下された評価である。  そのため、部長はしばしば良くない意味で、「できない方のシングルタスク」と揶揄(やゆ)される事もあったらしい。とはいえ部長へ昇進を果たしたお方である以上、いち社員の俺に合わせて早朝出勤するのは、本来ならあり得ないはずなのだ。 「失礼します! 部長、おはようございます」 「ああ、うん。おはよう。アレ? 権藤さ……課長も一緒なんだね」  冷房の効いた小会議室で待っていた秋吉部長は、俺に付き添ってくれた権藤課長の姿に目をむき、あからさまに狼狽(ろうばい)し始めた。  そんなヘタレ部長の隣では、営業二課のボス、勝本(かつもと)課長が眉間ににシワを寄せ、俺と権藤課長を怪訝な目で(にら)みつけていた。この展開は全くの予想外だ。  ――そして開口一番。 「おい、権藤。どうしてお前がここに来たんだ? 部長は柚月(ゆづき)に用事がお有りなんだぞ。部下の道案内でもやっているつもりか?」  お、鬼の権藤と呼ばれるお方に、いきなり仕掛けてきた!?  さすがは「狂犬」と渾名(あだな)された勝本課長、俺ら第一課の部下全員が畏怖する権藤課長を相手に、全く引く姿勢を見せない。  感情の起伏がほとんどなく、常に冷静沈着なのが権藤課長。勝本課長は対称的で、激情型であるゆえに、とにかく気性が荒いお人だとの噂は耳にしていた。  していたのだが、その噂の答え合わせが、よもやこんな状況で果たされる事になるとは。 「きさまこそ、なぜそこに座っている? 今の言葉をそのまま返すなら、第一課の柚月は部長へ報告する義務こそあれ、部外者のきさまには全くの用無しだろう」  えぇ……それじゃ、俺が勝本課長を用無しって言ったみたいになるじゃん。やめてくれよー。  というか権藤課長、部外者とか言って大丈夫なんですか? 確かに営業第二課とは担当エリアが正反対だけど、同じ会社の社員である以上、俺にとっては大先輩だと思うんだけどな。

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