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57.鬼と狂犬、狭間に俺(2)

「おい、冷血野郎(ハートレス)。おれが部外者か否かはお前が決める事じゃないんだよ。黙って会議室を去るか、口をつぐんで話だけ聞いてやがれ!」 「だったらきさまは尚更口を慎め。ようやくお鉢を回してもらっただけの男が、懐刀(ふところがたな)にでもなったつもりか? 思い上がりも甚《はなは》だしい」 「権藤! 秋吉部長に敬意を払わんかァッ!!」  勝本課長は、ガターンという大きな物音と共にその場で立ち上がり、権藤課長へ怒声を浴びせ始めた。これが普通の社畜(しゃちく)なら震え上がって漏らすか卒倒していたんだろうが、なにぶんにも相手が相手だ。狂犬に(おび)える鬼など何処にもいない。 「払っているさ。だからこそ部長のイスを譲ったつもりなんだが、それでも尚、何らかの敬意が足りないと? きさまも課長職に就いて、すっかり権威に溺れてしまったようだな」 「なぁにを抜かす。そういうお前は縁故(えんこ)で雇われただけの男ではないか!」 「どうした? 勝本。右肩上がりの営業成績を残した第一課の課長が縁故だったと、柚月に紹介しているのか? 早出までしてご苦労なことだな」 「ぐぐ……おのれェェェェ!」  ヤバイヤバイヤバイ! エンコだか小指だか知らないが、我が社の二大巨頭がバチバチにやり合っている。というか、どうしてお二方はこんなに仲が悪いんだ?  さっきから縮こまっている部長を見るに、この人の権力で場を収められるとは思えない。そもそも、元カノの浅知恵でニセ弁護士を招いたのは俺の責任なんだから、俺がどうにかしなくては。  この場にミオがいてくれれば、皆がショタっ娘ちゃんの愛らしさに惹かれ、言い争いなんかスッパリ忘れてくれそうなものだが。ためしに写真でも見せてみようかな? 「ちょ、ちょっといいかな。面子も揃ったことだし、わたしはお茶を()れて来るよ」  俺が行動を起こす前に、おずおずと手を上げ、か細い声で口論を(さえぎ)ったのは秋吉部長だった。仲裁というよりは避難と言い表した方が正確かも知れないが、本人不在により、部長をめぐる言い争い自体は収まりそうではある。  だからって、この場で一番偉い役職の秋吉部長が、部下も含めた人数分のお茶を用意するなど、珍事の一言で済むような話ではない。ここで俺が動かなければ、後で大目玉を食らうのは火を見るより明らかだ。 「部長、お茶なら僕が用意しますから」 「え? あ、いや、いいんだ。先日、香りのいい茶葉を貰ったものでね。こういう機会でもないと振る舞えないからさ」  はい? ティーサーバーじゃなくて、急須から四人分の茶を注ぐってこと? だったら尚更、下っ端の俺がやるべき仕事だと思うんだが、部長なりに搾り出した知恵がこれだったのなら、ヘタに押し留めない方が良さそうだ。 「では、せめてお手伝いだけでもさせてください。もとを辿(たど)れば僕の責任なので――」 「柚月、余計な事は言うな。行くならチャッチャと行って来い」 「は、はい!」  今の「チャッチャと」って、お茶にかけた権藤課長のダジャレだったのかな? あえて(なご)を和ませようと、自分なりに気を回したとか。  ……まさかな。

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