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57.鬼と狂犬、狭間に俺(3)

    * 「驚いただろ? すまなかったね。権藤さんからの呼び出しを受けた後、勝本君に早出するって連絡したのはわたしなんだが、まさか彼まで同席するとは思わなかったよ」  課長二人が口論していた小会議室を離れ、俺たちは、秋吉部長が避難として思いついたお茶くみを手伝うべく、まっすぐ給湯室まで向かった。  その最中、重苦しい空気を何とか打開しようと思ったのか、先に口を開いた部長の言葉がこれである。  だったら勝本課長に連絡しなきゃ良かったんじゃないの? という指摘が頭をよぎりはしたが、もとを正せば元カノによる悪巧みが原因なので、俺は俺でどうこう言える立場にない。  ただ、そういった背景に対するお叱りのようなものは、今のところ一切なさそうなのがやけに不気味だ。ゆえに、勝本課長が同席する理由をこそ知りたいのだが、とても聞き出せそうな雰囲気ではなかった。 「いえ。今回の件は、僕のせいでいろいろと……」 「まぁまぁ。その話は、おいしいお茶を飲みながら聞こうじゃないか。先立って頂いたほうじ茶の茶葉が、何しろ特級の品でね」 「はぁ。特級のほうじ茶、ですか」 「うん。目覚ましにだとは言い難いが、こんな日でなければ振る舞えないからねぇ。それに、ウチの伴侶(はんりょ)はルイボスティーしか飲まないんだよ」  伴侶(はんりょ)?  秋吉部長は人前で、自分の嫁さんを「伴侶」って呼んでいるのか? 変わった呼び方するなぁ。意味は間違ってないから聞き直すほどじゃないんだが、とにかく違和感が半端じゃない。 「あっ、なるほど! 腑に落ちました。カフェインの含有量という意味で、目覚ましが――」 「そうそう。カフェインには覚醒作用があるけど、胃酸の分泌をも促してしまうだろ? だから、わたしらみたいなおじさんには、()きっ腹でブラックコーヒーやら濃いめの緑茶やらを飲むのはきついんだ」  そう言いながら、ちと出っ張り気味な腹をさする部長を見るに、たぶん茶葉の贈り主にも、同じ話を聞かせていたんじゃないかと思う。生後半年ごろの赤ちゃんでも飲めるお茶として、カフェインの含有量をゼロに抑えたほうじ茶が商品化されている理由は、単純に、離乳食の一助を担う飲み物だからだ。  時折、ほうじ茶にアレルギー物質があるのでは? と疑問を抱く親御さんもいるが、厚生労働省が定めた「アレルゲンを含む特定原材料等」の二十八品目は、いずれも含まれていない。むしろカテキンには抗ヒスタミン作用があるので、アレルギーによる痒みを抑制してくれるのである。  それでも心配なら、医者に相談するしかないだろう。取り立ててほうじ茶にこだわる理由も必要もない。……ってのが養育里親の研修で学習した内容だ。もっとも、ウチのショタっ娘ちゃんはすでに十歳だし、ほうじ茶大好きっ子だから関係ないんだが。 「では、伴侶の方がルイボスティーを好んでおられるのは、やっぱりカフェインを気にされた上での選択(チョイス)なんですか?」 「ご名答だよ、柚月君。わたしも伴侶もお茶が好きなんだけれど、さりとて胃もたれはしたくない。ただ、ルイボスティーは香りが独特だから、好みが分かれるよね」  その分析は至極もっともなんだが、どうして部長は突然、饒舌(じょうぜつ)と言えるくらいに口が回り出したんだろう。まだ三十路も迎えていない青二才が聞き手だから、気兼ねなく話せている、とか?  まぁこれだけご機嫌なら、少なくとも、部長からのお叱りを受ける心配はなさそうではある。

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