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57.鬼と狂犬、狭間に俺(5)

 最悪の展開が真っ先に浮かんだのを察したのか、秋吉部長はニンマリとした笑みを作り、話を続けた。 「はははっ、この世の終わりみたいな顔をして、一体どうしたんだい? 半ドンは権藤さんの決定なんだよ」 「え? 権藤課長が?」 「うん。君のことだから、溜まっている仕事を全て(さば)き切るのに、一日も必要ないと考えているんだろうね」  そりゃ確かに、午前中でカタを付けるべく早出したんだけど、かえって気になるんだよなぁ。俺が午前中の業務だけで早退(はやび)けしたら、また佐藤や他の同僚に負担をかけそうで。 「あの。もしかして、すでに僕以外の誰かへと引き継ぎを済ませてあるとか、そういったお話ですか?」 「引き継ぎって、何の?」 「えっと、僕が辞めた後の仕事とか……」 「ん? 柚月(ゆづき)君、もしかして辞めるつもりだったのかい?」 「い、いえ。違います」  何だこれは? 全く話が噛み合っていない。昨日、一昨日とほぼ全休しているだけに、俺は戦力にならないと見なされたのでは?  というような推測で部長に尋ねてみたのだが、どうもその話は通っていないようだ。  だったら何で、俺を半ドンで帰そうとしているんだろう。ミオを気遣ってくれているのは有り難いけど、だからといって、俺ばかりが特例を認めてもらうわけにはいかない。 「まま、君なりに責任を感じているんだろうけど、いずれにしても、思うところは権藤さんを通して伝えておくれよ。部長のわたしが直接聞かされちゃあ、権藤さんの面子が立たないだろ?」 「そうですね。すみません」  社内の評価が評価なだけに、てっきり頼りないおじさんだとばかり思っていたけど、案外しっかりした部分もあるんだな。物腰は柔らか、されどもスジはきちんと通す。  他にも聞きたい事はいろいろあるんだが、お茶くみの手伝いに来た男が、根掘り葉掘り尋ねるのは良くない。とりあえず、俺がリストラの対象でないのは分かった。それだけでも充分としよう。  仕事を失ったら、ミオを養育できなくなっちゃうからね。 「――以上が、上原未玲(うえはらみれい)容疑者によって、ニセ弁護士を派遣された事件の顛末(てんまつ)になります。このたびは、大変ご迷惑をおかけしました」 「ふん、手が切れても尚救いを求めるか。往生際の悪い女だ」  報告を聞き終えた権藤課長は、あきれ口調で鼻を鳴らした。  俺の元カノが、最後の悪あがきで電話をかけてきた時の録音データは俺と、留置されている大阪府警、そして権藤課長がそれぞれ保持している。  つまり権藤課長だけは、一連の事件における背景を全て知っているので、報告の二度聞きという、実に退屈な思いをさせてしまっているのである。 「そ、それは問題のある犯罪だね。留置所の人が容疑者に電話を借しただなんて、府警本部にバレたらクビになるんじゃないのかい?」 「はい。それを期待して、府警本部と権藤課長に録音データを送りました。おそらく今は、録音内容の分析を行っている最中かと……」 「ん? おい権藤。昨日、大阪のお大尽(だいじん)から、柚月へのご指名という条件で大口の契約を受けたらしいな。もしかして、この事件に関係あるんじゃないのか?」  ……はい!?  な、なぜ大阪から、わざわざ俺を窓口に?

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