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57.鬼と狂犬、狭間に俺(6)

「どうなんだ? 権藤。昨日、大阪のお大尽から回してもらった契約は、府警絡みの仕事なんじゃないだろうな?」  過ちを正すためなら、例え相手が役員だとしても、食らいついて離さない。だから勝本課長は「狂犬」だと渾名(あだな)される。  その対極に立つのが権藤課長で、この人はいくら詰問されようとも、動揺や狼狽(ろうばい)といった情緒のゆらぎを見せない。  たとえ相手がどれだけ感情むき出しで噛み付こうが、つとめて冷静に、明確な根拠に基づいてのみ答え続けるだけである。それは上司の秋吉部長に対しても同じ事だ。  だから、恫喝(どうかつ)や泣き落としといった小細工は、この人にだけは絶対に通用しないのである。 「だとしたら何だ?」 「な、『何だ?』って何だよ! 府警が組織ぐるみで、留置担当官の過失をもみ消そうと企んでいるんじゃないのか? って聞いてんだぞ」 「そんな話は知らん。課長職たる人間が、憶測だけを頼って、いたずらに国家権力を糾弾(きゅうだん)するな」 「ちょ、ちょっといいかな。勝本課長」  また課長同士の口論が始まると危惧したのか、秋吉部長がおずおずと手を挙げ、発言の機会を求めた。 「仮に、留置担当官の不祥事を暴かれたら困るとしてもさ。実際に罰を受けるのは、スマートフォンを貸した担当官だけじゃないのかい?」 「はぁ。ですが部長、留置業務管理者としては、部下の手落ちで詰め腹を切らされる(※)事になりませんか? 留置施設管理委員会が創設されたのは、留置施設での不法行為を抑止するためでもあるわけで――」 「ふん。また長々と、専門用語ばかり並べて。きさまはそうやって、未知の単語を用いて部下たちを指導しているのか?」 「ち、違う! 秋吉部長なら、このくらいの事は存じておられるはずと思って、遠慮しなかっただけだ!」 「ほう。つまり、秋吉部長には伝わるだろうから、柚月は放っておいていいとでも? きさまは、この事件に巻き込まれた被害者が誰なのか、それすらも見失ってしまったようだな」 「ぬぐぐぐ。わ、忘れてなんかいないさ。柚月への説明は後でも、い、いいじゃないか。なあ? 柚月君」  え? 勝本課長、それって要するに、〝二度手間〟というやつでは? 「説明をやり直すから二度手間になってもいいよな?」って聞かれて、俺が首を縦に振るわけないじゃん。  そりゃあ腐っても雑学王ですから、留置施設に関する役職や、管理委員会の存在くらいは知っているけどさぁ。問題の本質はそこじゃないでしょうよ。  要約すると、元カノにスマホを貸した職員(留置担当官)の罪を黙っていて欲しくて、俺に大口の契約を持ちかけてきたんじゃないか、って話なんだろ? だったら、その顧客が留置施設の関係者だと推察しても、確かにおかしくはない。  おかしくはないが、その推察だけを根拠として、契約を辞退するのは下の下の下策だ。そもそもこの仕事は、我が社イチの切れ者である権藤課長が「請けよう」というのだから、これ以上何かを追及する事に意味があるのか、その必要性にこそ疑問を抱いてしまうのである。 (※「詰め腹を切らされる」……作中の場合は、部下の不始末を原因として、強制的に辞めさせられること)

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