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57.鬼と狂犬、狭間に俺(7)

 いや、ダメだな。確かにこの機会を逃す手はないものの、ご指名に預かった俺が思考を放棄しては危険を招く。いま一度、原点に立ち返ろう。 「確かに、地元の大阪支店をすっ飛ばして、本社勤務の僕が指名された理由は謎ですね。仮に、お客様が大阪府警に関係のある人だとしたら、何らかのメッセージを持たせた依頼なのかも……」 「だろ? 聞いたか権藤。当の柚月だって、似たように怪しんでるじゃないか。だいたいお前は、疑う事を知らなすぎるんだよ」 「ふぅ。どうしてそこまで食い下がるのか、全く分からんな。きさまが抱く〝怪しさ〟の正体が今ひとつ見えてこないのは、私のカンが鈍いからなのか?」  あれ? 珍しいな。ウチで最も洞察力の鋭いお方が、自らが下した判断に譲歩の余地を残すだなんて。  営業部の課長ご両名。俺は今日の今日まで、犬猿の仲だとばかり思っていたが、ただ口が悪いだけで、実はお互いに足りない部分を補い合ってきたんじゃないのか?  確かに、勝本課長が食い下がる理由もよく分かる。億単位のお金が動く大仕事を、全くご縁が無かったお客様から任されようとしているのだ。背後に何か潜んでいないかと、慎重になって(しか)るべきだろう。  だからこそ勝本課長は、お客様の身辺調査を内密に済ませ、安心・安全だという確信を得てから仕事をを請け負っても遅くはない、と主張しているのである。 「うーん、怪しさねぇ。柚月君の元彼女さんがお大尽をそそのかして、仕事をやるから情状証人に立って! ってお願いしてきたとか?」  と、秋吉部長。  いかにも自信ありげで、ハツラツとした表情が微笑ましいのだが、俺たちが今いる小会議室は、給湯室の水滴すら打ち響かないほどの静寂に包まれてしまった。 「あり得ないな。順番もおかしい」 「うむ、こればかりは権藤に同意見だな。犯罪者の片棒をかつぐようなリスクは取らんだろう」 「ですね。あの女にそれほど影響力があるなら、真っ先にお大尽を頼るでしょうし」 「あぅぅ。そ、そんな議論するまでもないくらい変だった? 残念だなぁ」  即座に自分の推理を覆され、すっかりしょげ返ってしまった部長を見ていると気の毒にはなる。ただ、時系列的にもおかしいのだから仕方がない。  もっとも、その推理のおかげで、俺の元カノには「減刑へのワンチャンスすらも残っていない」という証明はできた。あの銭ゲバ女は金輪際(こんりんざい)、俺とミオによる、甘々な年の差恋愛を妨げる事はできないだろう。  余談だが、先ほどのお茶くみをしている間に届いた「好き好きメッセージ」には、丈の短いブラウスとショーツ姿のミオが、ぬいぐるみのウサちゃんと一緒の自撮り写真を届けてくれた。  ふむ、今日のショーツは、淡いミントグリーンか。控えめに表現するが最高だ。

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