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57.鬼と狂犬、狭間に俺(8)

「で、権藤。肝心な仕事の内容は? 億単位というくらいだから、セスナ機の調達って話ではなさそうだが」 「自宅の庭を整えて欲しいそうだ。言わば庭仕事って奴だな。近畿地方ほぼ全域に影響力を持つ財界の大物だから、住居はもちろん、庭の広さもケタ違いなんだろう」  権藤課長はそこまで話すと、代理人による依頼メールの写しと、添付の書類数枚をテーブルに広げ始めた。 「ふぅむ。ずいぶん、ざっくりとしたメールだね。辛うじて分かるのは、依頼人の名前と住所、それから庭のだだっ広さくらいかな」  メールに添付された写真数枚だけでは、庭の面積を計算するのは無理だ。今しがた、秋吉部長が「だだっ広さ」と言い表した事から分かるように、庭園の規模だけは何となく伝わりはする。でも、それだけだ。 「確かにそうですね。ちなみに、どなたからの依頼なんですか?」 「お前に仕事を頼んだお大尽は〝東条信三郎(とうじょうしんざぶろう)〟。近畿地方において、奈良県以外の全てに海釣り公園をこさえ、釣具店をも併設しているそうだ。言わば釣りキチの楽園ってとこだな」 「奈良県以外? それってつまり、奈良は内陸の〝海なし県〟だから、ビジネスには向かないと?」 「ある意味正解だ。ただ、海釣り公園が無くとも釣りはできる。な、柚月」  え。俺!? そこでいきなり俺に振るの?  権藤課長は一体、何を喋らせたいんだ? 奈良県で釣りをするなら、他の方法でどうやって楽しめばいいのか、それを説明すればいいのかな。 「えーと。僕もあまり詳しくないんですが、海なし県で最もお手軽に遊べる釣りといったら、やっぱり現時点では川魚に限定した釣り堀かなぁと」 「何だ何だ? その限定ってのは。おれら三人のおじさんにも分かりやすく説明してくれよ」  勝本課長、あんまりへりくだらないで欲しいなぁ。確かに俺以外は全員アラフィフ世代だけど、できる上司や大先輩をおじさんだなんて言えないよ。 「はぁ。分かりやすく言うと、川魚の釣り堀を運営するにあたって、最も大切なのが水質なんです。川魚は基本的に淡水魚だから、水の硬度やカルキ抜き、それからPH(ペーハー)の調整を適切に行う環境づくりさえ怠らなければ、水道水でも生きてはいけるかと……」  こういう話こそ、ウチの子猫ちゃんに聞かせてあげたかったなぁ。あの子が生まれ持った釣り師としての天賦(てんぷ)の才には、ここにいる全員が結託してもまず勝てないからね。

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