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58.いざ大阪(9)

 ルームウェアから私服に着替えた俺たちは、外出の折にルームキーを預け、ついでに「コッテコテ! 食って倒れる大阪グルメマップ」なるフリーペーパーを貰ってきた。 「何コレ? 『食って倒れる』って、フグとかアオブダイとかを食べちゃったお話?」  フリーペーパーの表紙に書かれているフレーズに不安を抱いたミオが、眉をひそめて尋ねてくる。  無理もない話だ。普段からお魚図鑑を愛読しているミオは、こと魚介類の知識だけに限れば、「青峰の雑学王」の異名を取った俺ですら全く太刀打ちできない。  そんなお魚博士のショタっ娘ちゃんだからこそ、「食って倒れる」という言葉から、一部の魚類が持つ毒の危険性を連想してしまったんだろう。 「はは。さすがに毒じゃあないよ。昔から、『京都の着倒れ、大阪の食い倒れ』みたいなモノの(たと)えがあってね」 「キダオレとクイダオレ? どっちも初めて聞いたけど、倒れるの意味が分かんなーい」 「だろうな。今あげたのは関西地方の話だからね。もの凄く簡単に説明すると、着る物とかうまいメシに夢中でお金を使い果たして、スッカラカンになっちゃう事を指す喩えなのさ」 「お金がなくなるまで食べちゃうってこと? 新幹線でお家に帰れなくなっちゃうよー」 「大丈夫大丈夫、そこまでして晩ご飯にお金かけないから」  安心感を与えるべく、フリーペーパーに目を落としているミオの頭をポンポンしていると、グルメ情報そっちのけで抱きついてきた。いつの間にか、ミオの中で甘えんぼうスイッチがオンに切り替わったようだ。  大人と子供の価値観に開きがあるとはいえ、現・彼女のミオが、財布の紐を緩めすぎないかを案じてくれるのは嬉しいよなぁ。 「ミオ、何か食べたいものある? せっかく大阪まで来たんだし、好きなもの食べていいからね」 「うーん? 大阪って何が有名なの? たこ焼きじゃ、ご飯のおかずにならないよね」 「まぁ、そうだな。〝たこ焼き定食〟なるものを耳にした事はないし、女の子は特に、炭水化物で炭水化物を食べるのを嫌がるだろうから」  炭水化物が何かは、家庭科の授業で習っているはずだ。よって、ここでは「お好み焼き定食とは何であるか?」を分かりやすく教えたところ、ミオは即座に理解した。  ごく一般的な「お好み焼き」や「たこ焼き」は、原材料に小麦粉を用いるため、白飯と同様に炭水化物を含む。ゆえに、ダイエットに励む人は、定食どころか、おかずにするという選択肢すらないのである。 「ねぇねぇお兄ちゃん。昔の人って、何を食べてお金を無くしてたの?」 「食い倒れの話か。あくまで推測だけど、高級どころならフグ料理の〝てっちり〟とか〝てっさ〟あたりじゃないかな? 何しろ、大阪のトラフグ消費量は日本一だったと聞くし」 「そうなんだ! せっかくのお料理なのに、トラフグの名前が全然ないんだね」 「確かに。まぁ何かしらの由来はあるんだろうけど、とりあえず食ってみようか?」 「うん。でも、あんまり高いのとか、無理しちゃダメなんだからねー」  はぁ、ありがたいねぇ。ウチの子猫ちゃんはよくできたしっかり者だよ。この子ならきっと、お嫁さんになっても俺を支え続けてくれるだろうな。

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