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58.いざ大阪(10)

 グルメガイドを頼りに、俺たちは大阪の名物フグ料理である〝てっちり〟と〝てっさ〟を出してくれる店を訪れると、個室に案内された。 「いい雰囲気(ふんいき)のお店じゃないか。お食事デートするなら、個室の方が二人っきりでいられるもんな」 「そ、そうだけどー……大丈夫? 高そうなとこだよ。ボクもお財布は持ってきたから、足りない時は言ってよねっ」 「はは、俺を気遣ってくれたの? ありがとな。お金の事は心配しなくても平気だから、おいしいフグを食べて、二人でいい思い出を作ろうよ」  最後の「いい思い出」あたりで彼氏を意識しすぎたのか、ミオは真っ赤に火照(ほて)った頬を隠すようにうつむき、小さく頷いた。  かわいいなぁ、もう。反応がモロに乙女のそれじゃん。大げさかも知れないが、こうしてショタっ娘ちゃんが彼女になってくれたおかげで、ようやく俺にも、我が世の春を謳歌(おうか)できる日々が訪れてきたんだよな。 「よし、早速メニュー表を見てみるか。……ほー、てっちり鍋は今でもやってるんだな。冷房を効かせてるからかな」 「んー? なになに? てっちりって鍋のお料理なの?」 「そうだよ。ほら、この写真を見てごらん」  俺は自分が見ていた、フグ料理のメニュー表をテーブルに広げ、てっちり鍋のコースを指で示した。 「ふむふむー? このお店のてっちり鍋って、しゃぶしゃぶみたいな食べ方じゃない?」 「確かにそうだな。沸騰させたおダシにフグの身をくぐらせて食べる。そんな感じだね」  冬なら、おそらく体の芯から温まる鍋料理なんだろうが、あいにく湯上がりの体だしなぁ。汗拭きも用意してないから今回はパスしよう。 「ミオ、てっさはどうだい? こっちはフグの刺身なんだけど、熱を通さないから、汗をかかずに食べられそうじゃないか?」 「うん、食べるー。ボク、フグを食べるのは初めてだから、どんな味がするのか楽しみだよー」 「そうなの? まぁ、児童養護施設でフグ料理を振る舞うって絵柄も想像つかないし、予算の問題がネックになるだろうからな」 「ネック? ネック・ハンギング・ツリーのこと?」  というミオの返事を聞いてギョッとした。どうしてこの子は、言うほどポピュラーじゃないプロレス技を知っているんだろう。  ……ま、確かに「ネック」という英単語は、一般的に首のあたりを指す。人間に限った話ではなく、色んな動物でもネックと言えば大体は首だ。  他方、慣用句として用いる「ネック」とは、要するに壁や障害といった難点を示す言葉であり、元々は「ボトルネック」という単語から来ているため、双方のスペルは当然異なる。  余談だが、焼き鳥でよく食べる「ねっく」は、鶏肉の首を焼いて味付けしたものであるゆえ、純粋にうまいだけで何の障害にもならない。 「――って事だから、ネックになるのはプロレス技とは違うんだよ」 「ふーん。やっぱりお兄ちゃんは何でも知ってるね!」 「まぁ、これに関しては否定しないぜ。昔からプロレスは好きだったからな。さて、それじゃあ、てっさの他にも何か頼みますか」 「はーい」

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