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58.いざ大阪(11)

 和風料理店によくある、いびつな形の木材テーブルを挟み、対面に座った恋人と、二人っきりで料理や会話を楽しむ。(すなわ)ち飯屋の個室とは、誰にも邪魔されることがない、パーソナルなスペースなのだ。  さすがに高級店なだけあって、先ほど注文した「てっさのコース料理」は、相当な値段設定だった。が、愛しいミオに、フグ刺しの味と食感を初体験させてあげられる機会を得たと考えれば、このくらいはどうってこたぁない。 「ねぇお兄ちゃん。ほんとに大丈夫?」 「ん? 何が?」 「さっき頼んだフグのお料理だよー。ボク、ゼロが一個多くてビックリしたんだからね」 「ああ、値段がって事か。いい店だし、夜のコース料理ならそんなもんだよ」  そんなもんだよ、という言葉に謎が浮かんだのか、やにわにミオが眉尻を下げ、頬に指を当てて何かを考え始めた。  おそらく、まだ十歳ちょっとのショタっ娘ちゃんにとって、フグ料理にかかるお金があまりにも規格外すぎたゆえ、その理由を探しているんだと思う。  ミオの立場になって考えれば、「夜になったら飯が高くなる」という理屈からして謎なわけだ。ゆえに、このままフォローを入れずに放っておくと、「だったら昼飯をフグにすれば安くなるのか?」みたいな禅問答が始まりかねない。 「まぁまぁ。料理用として仕入れたフグの大きさや鮮度で仕入れの値段も変わるだろうし、何よりフグ専用の調理師免許を持った板前さんがいなきゃ、フグ料理の専門店は営業できないからな。プロを雇うのも安くはないって事さ」 「そうなの?」 「うん。大阪の場合は『ふぐ取扱登録者』って名前が付くんだけど、免許であることには違いないよ。ちなみに、俺たちが住んでる地元では『ふぐ包丁師』って呼ぶらしいぜ」  それを聞いたミオが首をひねり、視線を斜め上に向けて考え込むのはいつもの事だ。この子は基本的に、理由が分からないのに答えだけを用意されて、そこで納得した試しがない。 「どゆこと? 同じフグの調理する免許なのに、名前が違うのって変じゃない?」 「たぶん、皆そう思うだろうね。名前だけならまだしも、免許を持った人が他の都道府県でフグをさばこうと思ったら、また免許を取り直さなくちゃいけないし」  さすがのミオでも理解が追いつかなくなってきたようなので、その理由を説明して補足を行い、ようやく納得してもらえた。あんまり余分な知識をひけらかすもんじゃないな。  ……現状において、フグの調理師免許は国家資格ではなく、各都道府県知事の認定によって取得できる免許である。  ゆえに、例えば大阪府と、その隣の兵庫県でも免許の種類は異なる。なぜなら免許取得のために受ける実技試験の内容等々が、各都道府県によって異なるからだ。(ちなみに兵庫県では『ふぐ処理責任者』と呼ばれる)  この二度手間、三度手間を無くすなら国家資格に統一すればいいのだが、今日に至るまで実現はしていない。「所変われば品変わる」の理屈で、生息する海によってフグの構造が変わるからか何なのか、さすがの俺でも分からない。 「いろんな免許があるんだねー。このお店のフグってトラフグだけど、クサフグは小さすぎるからダメなのかな?」 「え? クサフグって小さかったっけ?」 「そだよ。怒ったら、小さなお腹をぷーっと膨らませるのがクサフグなの」  ミオはそう言うと、自分のほっぺに空気を満たして膨らませ、両手をパタパタと振って、フグの形態模写を始めた。とても楽しそうな笑顔だ。  うん。やっぱり、ウチのショタっ娘ちゃんは今日も無邪気でかわいい。

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