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58.いざ大阪(12)

「ねぇねぇお兄ちゃん。聞いてもいーい?」 「いいよ。どうやら、その〝お通し〟について聞きたいことがありそうだね」 「うん、そーなの。これってトラフグの皮でしょ? でも、どうしてお店の人は『テッピでございます』って言ったの?」  ミオが器用な箸さばきでトラフグの皮をつまみ、俺にも判別できるよう、表皮の黒い部分を見せながら、疑問をぶつけてきた。  俺たちはトラフグのコース料理を頼んだから、お店側はお通しの時点から、さっそくトラフグにまつわる一品を運んできたわけだ。しかし、いかなお魚博士のミオであっても、釈然としない点は当然ある。 「ああ、名前の由来が謎だって事かい? よく分かるよ。『トラフグの皮を湯引きしたものでーす』って言やぁピンと来るのにな」 「うんうん。湯引きは分かるの。テッピってもしかして英語?」 「い、いやー、さすがに和食料理店で英語のコース料理は出しにくいかな。……まぁ何だ、要は〝言葉遊び〟が語源になってるんだよ」 「言葉遊び?」  ミオはキョトンとした目で聞くと、コリコリとした食感のテッピをまた一本、口に運んで咀嚼(そしゃく)した。  テッピがトラフグの皮を湯引いた料理なのは、店員による呼び名と、見た目や食感によって答え合わせが済んでいる。しかし、「てっさ」や、「てっちり」もそうであるように、なぜ大阪のトラフグ料理に「てっ」が付くのかが分からない。  知的探究心が旺盛(おうせい)なミオのために、お通しを食べ進めつつ理解しやすい説明を目指し、取っ掛かりは次のような話にした。  元々、フグに関しては「毒を持つ魚」だと広く認知されるまで、数々の犠牲者を出してきた事は歴史が証明している。大昔の犠牲者数に明確な記録はないが、「太閤(たいこう)」こと豊臣秀吉が「河豚食用禁止令」を発出し、フグ食を固く禁じた事から、かなりの人間がフグの毒で命を落としたのは想像に難くない。  それを裏付けるように、「フグは食いたし命は惜しし」という昔の(ことわざ)が残っている。つまり、フグが美食(うまいもの)である事は分かっているが、当時は運が悪けりゃ命を落とす危険性を孕んでいたため、こうして自らを(いまし)めていたわけだ。 「そんなに昔から、フグの毒で死んじゃう人がいたんだー。かわいそうだね」 「こと、フグ毒に関してはそうだな。いくらオイシイといっても、食べちゃダメなところまで見境なしに食べてしまった結果が酷いもんだったから、見かねて止めたんだろ」 「ボク、さっきの諺を聞いて思ったんだけど。昔の人って、フグのどこを食べちゃダメなのかを知らなかったんじゃない? だから、アンラッキーとか思ったんでしょ」 「アン……確かにそうだな。だから当時は、フグを食べることを〝鉄砲〟に例えたんだろうね」  大好きな魚から、いきなり遠距離武器へと話題が飛躍したせいか、ミオの箸がピタリと止まった。  まぁ普通はそうなるよな。争いとは全く縁がない天使のショタっ娘ちゃんに、鉄砲から料理名を連想させようだなんて、どだい無理な話なんだからさ。

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