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58.いざ大阪(13)

「ごめんごめん、メシの最中に鉄砲を持ち出すのは物騒だったね。でも、あくまで〝モノの例え〟として使っていた言葉だから、安心して聞いてくれると嬉しいな」 「分かった! 教えて教えてー」  ミオがこうして、目を輝かせながら教えを請う時は、たいていが〝新しい知識の吸収〟に大きな期待を寄せている。  俺が「青峰の雑学王」に輝いた時分は、大して仲が良くない奴に絡まれ、「雑学が何の役に立つの?」なーんて突っかかられたものだ。  雑学に限らず、あらゆる学問が役に立つのかどうかは、人によるとしか言いようがない。仮にファーブルが存命だとして、昆虫に詳しかった彼に「虫の観察と研究が何の役に立つの?」って聞くのか?  新しい雑学を仕入れるのは楽しいし、知識が豊富であればあるほど、取引先との世間話も手広くカバーできる。  何より、最愛の彼女であるミオが興味津々で聞いてくれるのだから、少なくとも、ミオの知識欲を満たすという役目を果たしている。である以上、「雑学が役に立つのか?」という質問にノーと答える理由がない。 「さっき言葉遊びって言ったのはさ、昔の人が鉄砲の命中率に引っ掛けてたからなんだな」 「フグと鉄砲の命中率? どっちも死んじゃうって事?」 「そ。ミオ、なかなか鋭いじゃん。もうほとんど正解だぜ」 「でも、鉄砲がよく分かんないなー。大っきいのじゃないと当たんないよね? 『海賊三国志』で使ってる八十八マグナムとかなら……」  今しがた、ミオが例に挙げたのは、世界の海を自分たちのシマにせんと覇を争う、海賊たちのアニメに出てくる銃弾のことだ。  漫画原作者が、映画『ダーティーハリー』で有名な回転式拳銃(リボルバーガン)に使う四十四(フォーティーフォー)マグナム弾を、著作で倍の大きさにしてしまったゆえ、あまりの荒唐無稽(こうとうむけい)さで、大きなお友達の間でも話題になったのである。 「はは。別に、必ず当てなきゃいけないワケじゃないんだよ。江戸時代の頃はさ、鉄砲とフグ毒は『たまに当たる』という、謎掛けみたいな共通した認識でね」 「ふむふむー?」 「で、フグ毒は言わずもがな、鉄砲だって当たりどころが悪けりゃ命を落とすだろ? だから昔の人は『たまに当たる』フグの毒も、鉄砲の『弾』くらい命が危ないからってんで、いつしか鉄砲って呼び名を付けるようになったんだな」 「そうなんだ! じゃあ、この『てっぴ』は『てっぽうの皮』ってこと?」 「ご名答だよ。ちなみに今日頼んだコース料理の『てっさ』は、てっぽうの刺し身ね」 「じゃあ、『てっちり』は?」 「元々は『鉄砲鍋』だったんだけど、白身魚を水炊きっぽい『ちり鍋』で食べるようになって、名前を合体させたんだな。だから『てっちり』になったんだってさ」  という説明によって全ての謎が氷解したからか、ミオはより一層、尊敬の眼差しに輝きを増して俺の手を握ってきた。彼氏冥利に尽きる瞬間だ。  こういう話題はしばしばデリケートに扱われるため、いかに個室だとはいえ、フグ料理店でフグ毒の話するのは縁起が悪いんじゃないの? と思われるかも知れない。  ただ、俺たちは猜疑心(さいぎしん)に襲われて情報を共有したわけでもない。フグの調理師免許を持った、熟練の板前さんが振る舞ってくれるお店だからこそ、安心して披露できる雑学なのである。  ややもすると、フグ毒に当たって死ぬ危険性があるような、ズブの素人がさばく「鉄砲屋」でフグ毒の話をしたら、それこそシャレにならない。

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