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58.いざ大阪(14)
独特なトラフグ料理の由来が分かったミオは、「てっぴ」の次に出てきた「煮凝 り」を不思議そうに眺めている。
一見すると、琥珀色をした四角いゼリー。のようで、その実、先ほどのてっぴを煮出したものだ。
「ねぇねぇお兄ちゃん。これって甘くないゼリー?」
「甘くないのは合ってるけど、ゼリーじゃないんだな。これは煮凝りといって、ゼラチンを冷やして形を整えてあるんだよ」
「ニコゴリは知らないけど、ゼラチンは分かるー。ゼリーの他に、カメラのフィルムを作る時にも使うんでしょ?」
「ミオ、よく知ってるじゃん。薬のカプセルなんかもゼラチンが材料だったりするし、何かと便利だよなぁ」
「うんうん。でもお兄ちゃん。こんなにいっぱいのゼラチンってどうやって作るの?」
「この煮凝りに関しては、さっき食べたトラフグの皮と身を煮出して作るんだよ。トラフグの皮にはコラーゲンがタップリだからね」
煮凝りを英語だと思い込んでいるミオは、ゼラチンこそ知ってはいたものの、コラーゲンには馴染みがないようだ。
昔、お祭りの出店で牛スジ鍋を売るおっさんが「コラーゲンがタップリだよー」と、しきりにアピールしていたのを思い出した。
要するにおっさんは、「牛スジ鍋を食べれば美肌効果があるかもよ?」と、暗に仄 めかしていたわけだ。
「牛スジにはコラーゲンを含む」のは事実だからそれを売り文句にするのは構わない。しかし、ひとたび「体内でコラーゲンが生成される」だの「皮膚に潤いを与え、ツヤを持つもち肌に変わる」だのと言った時点で薬機法違反となり、たちまちおっさんはお縄にかかる。
結局、その出店で閑古鳥が鳴いていたことを振り返ると、通行人はコラーゲンよりも、うまい牛スジを食いたかったのだろう。要は売り文句を間違えたんだな。
「じゃ、コラーゲンだけを食べてもよく分かんないんだね」
「研究の途中だからな。で、さっき言ったように、この煮凝りはトラフグの身や皮を煮出して、溶け出したコラーゲンごと冷蔵庫で冷やし固めて、形を整えたものが、ゼリーっぽい食感になるんだよ」
「透明の中にトラフグの皮と身があるのって、何だか工芸品みたーい。ねねねお兄ちゃん、食べてもいい?」
「ふふ。もちろんだよ。そのために持ってきてくれたんだから」
ミオが食べるのをためらった理由 は、おそらくエポキシ樹脂を使って、海底を再現した工芸品のような芸術点を見い出したからだろう。
さらに、琥珀色の煮凝りを丁寧に切り分けて箸につまむと、ゼラチンは箸先で小刻みに揺れるから、それが目新しくて面白かったらしい。
「いただきまーす! はむはむ」
「んじゃ、俺も食うとしますか。煮凝りなんていつ以来だろうなぁ」
「はむはむ。……あっ! すごいねこれ! ゼリーみたいだけど、口の中で溶けて、おいしいのがじゅわっと来るの」
「うん、うまいなぁ。トラフグの旨味と、色付けにもなった醤油と味醂が良く合ってるよな」
「そだね。ネギもいい香りがするよー」
ミオは煮凝りにまぶされた小ねぎをすくい取って小皿に移し、スンスンと香りを楽しんでいる。関西で食材をまかなうお店なら、おそらく「九条ネギ」を仕入れているのかもな。
普段、猫がネギを食べると中毒を起こすため、絶対に与えてはいけないのだが、うちのミオは子猫系ショタっ娘なので、ネギを食べても極めて健康のままだ。
気持ちが弾み、幸福感に満ちた顔で煮凝りを味わうミオを見ていると、こっちまで嬉しくなってきちゃうな。
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