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58.いざ大阪(16)
「ん。ミオ、どうかした?」
「ねぇ。お兄ちゃんっていろんなこと知ってるけど、唐揚げの作り方も詳しいよね。お家で作ったことがあるの?」
「昔、一回だけね。フライパンで作ろうとして、出来上がったのがコゲた揚げ焼きだったから、結局は失敗なんだけど」
「あはは、そうなんだー。じゃあその時と、この唐揚げを比べてみて、下味が違うっぽい感じはする?」
「違うだろうなぁ。特にトラフグは魚肉だから、下味には天然の粗塩と胡椒 の方が合うとか、トラフグならではのセオリ、あいや撤回」
「んん? セロリ?」
「ごめんごめん、『セオリー』って英語を使おうとして止めたんだよ。お店によって個性があるから、一番うまそうだと思って考え抜いて完成した、材料とか混ぜ方がありそうじゃん?」
「あー、なるほどだね! お魚の肉で唐揚げ……で、下味?」
俺の失敗談も含めた、下味にまつわる話で何かピンと来たのだろうか。ミオは唐揚げが盛られた小皿を持ち上げて鼻を近付け、スンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
この子は割と鼻が効く方だし、このまま芳 しさの正体を当てちゃうかもなぁ。何しろ、大好きな唐揚げとお魚さんの料理だもんな。
……ところで。
先ほどから唐揚げにばかり目を奪われていたが、同時に運ばれてきた「ご飯モノ」は、丁寧にほぐしたトラフグの身を混ぜ込んである炊き込みご飯だった。
何という豪華なメシだ!
こっちはこっちで、ほんのりと甘辛そうなダシの匂いが漂ってくるもんだから、腹が鳴りまくって仕方がない。昼飯の時には、何を食ったのかすら忘れるほど緊張してたからなぁ。
「あ! お兄ちゃん。この唐揚げ、ちょっとだけかぼすの匂いがするよー」
「かぼす? それって、リゾートホテルへ遊びに行った時のかぼすかい?」
「うん、そのかぼす! あと、衣に付いた黒いツブツブは胡椒でしょ? これもさっき言ってた下味じゃないかなぁ」
こいつは驚いた。確かにあのホテルが建つ島へ遊びに行った時には、特産品のかぼすを使ったスイーツや料理を味わい尽くしたもんだが。ミオはその香りを嗅ぎ当てたのか?
「なるほど、唐揚げの下味にかぼすはいいアイデアだね。香り良し・味良しのいいとこ取りを狙ったんだろう。さっそく食べてみよっか」
「うん! ご飯と一緒に食べよ!」
そう言って、ご飯茶碗の蓋を取ったミオには、トラフグの身をほぐし合わせた炊き込みご飯という、新たな驚きが待っていた。
絶品の唐揚げでご飯が進むのは間違いないが、そのご飯ですらただの白米じゃないもんだから、じっくり味わって食べたくなるのが悩ましい。
「おいひーい! トラフグの唐揚げって、こんなに身がホクホクしてるんだねー」
「うん、うまい。ほんのりとしたかぼすの酸味は、白身魚の揚げ物に合うんだなぁ。塩味を増やしたいなら、小皿の塩粒に付けて食べてもいいらしいよ」
下味に使ったかぼすの邪魔になると思ったのか、唐揚げの味を整えるための塩はあっても、カットレモンの小皿はなかった。
別にいいんだけどな、無くたって。
プロレスのつもりか何だか知らないが、少なくとも、この高級フグ料理店は、いつも結論が曖昧な言い争いではしゃぎ立てる場所ではない。
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