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58.いざ大阪(17)

 俺たちがトラフグの唐揚げに舌鼓を打っていると、少し遅れて汁物とサラダが運ばれてきた。  フグ料理の一環として作る汁物では、おそらく味噌汁やスープなどが一般的だろう。しかし、あくまで俺個人的には、味噌汁という選択肢はない。  なぜなら味噌汁には透明度がなく、主役として用いる具材のフグが全く見えないからだ。  こと料理においては、食べるだけでなく、「見る」という楽しみ方がある。だからこそ料理人は盛り付けを重視するのであって、その技術は汁物とて例外ではない。  ゆえに、「あくまで個人的な要望だけど、トラフグ尽くしの料理で、さすがに味噌汁だけは勘弁してちょーよ」と言いたいのである。 「わー、いい匂い。ねね、お兄ちゃん。これってトラフグの〝お吸い物〟だよね?」 「うん、間違いないね。お吸い物は立派な和食料理だし、何より盛り付けをごまかせないから、板前さんにとっては腕の見せどころなのかもな」  ミオは俺の説明に耳を傾けつつ、お吸い物から漂う匂いを(たの)しんでいたが、透き通った椀物(わんもの)を彩る具材の数々を見て、思わず目を丸くした。その理由(わけ)はもちろん、お吸い物に透明感があるからではない。 「ねねね。お兄ちゃん。お吸い物の中に、お餅みたいな白いのが入ってるよー」 「ああ。それは白子(しらこ)だよ。トラフグの白子を焼いたものが、お吸い物の具材に選ばれたんだろうな。いかにも高級料理だねぇ」 「シラコってなぁに?」 「……ん!? もしかして、白子はお魚図鑑で紹介されてなかった?」 「ないよー。何なんだろ、これ。卵かなぁ?」  そうだったのかー! ここに来て、思わぬ盲点を突かれちまった。  こういった、トラフグ料理の専門店でコース料理を注文した場合、白子を用いた料理が出てくるのごく自然なことである。なぜならトラフグの白子とは、オスだけしか持たないの通称であり、大変に美味な食材だからだ。  中国においてもフグの白子は高級食材で、しばしば「西施乳(セイシニュウ)」と呼ばれ、大いに重宝されている。  ……要するに、フグの白子は柔らかく、古代中国を代表する四大美女の一人、西施が持つバストに似ていたらしい。つまり西施乳とは、おそらく故事に基づいてその名をつけられたわけだ。  が、よりにもよって女性の胸に例えるなんて失礼では? と思われても仕方がない。プリンとか、ビーズクッションならまだ分かるけどさぁ。  そもそも紀元前五世紀あたりに存在した(とされる)女性の胸を、どうしてフグの白子と同じ触感だと言い切れるんだ? と俺は思うのだけれど、伝承というのは得てしてそういうものなのだろう。 「まぁ何だな。白子ってのは平たく言うと、オスのフグだけが持つ、赤ちゃんフグを作るための部分の別名なんだね」 「そうなんだ。じゃあ、メスのフグにも、赤ちゃんフグを作る部分があるってこと?」  一点の曇りもない、ショタっ娘ちゃんの澄んだ瞳で見つめられつつ質問されると、何だか罪悪感を覚えてしまう。 「あるにはあるけど、メスのは白子じゃないんだよ。しかも強い毒を持ってて危険だから、絶対に食べないようにしようね」 「はーい! じゃあ白子だけ食べるぅー」  ミオは手を上げて元気よく返事した後、トラフグの唐揚げを、慣れた箸さばきでサラダレタスに巻き始めた。どうやらフグ毒の方に注意が逸れたゆえ、白子の説明はそこそこで事足りたようだ。  はぁ、何とか凌げたか。ミオの里親という立場上、少しでも表現を間違えると、後々ドえらい事になるからな。

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