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59.商談二日目前夜(4)

「ねぇお兄ちゃん。晩ご飯を食べに行く前にしてくれた、お話の続きを聞いてもいい?」 「え。そりゃいいけど、俺どこまで話したっけ?」 「ほら。大阪警察のフクホンブチョーって人がワルイことしたんでしょ? 元……さんにスマートフォンを貸したって」  あえて言葉を濁したのか、ミオは元カノの「カノ」すら発音しなかった。まぁ俺たちの中では終わった問題だから、今更、あいつの名前や所業を思い返しても、何ら実るものはないもんで。 「ああ、その話ね。あの女にスマートフォンを貸した不届き者の正体は、大阪府警の副本部長だったのさ。大阪全体をまとめる警察組織だけで言えば、上から二番目に偉い人なんだよ」 「ふーん。でも、そんなに偉い人が、わざわざスマートフォンを貸しに行ったのって変じゃない?」  言われて初めて気がついたが、確かに変だ。大阪府警の副本部長ともあろうお方が、何の目的で留置所へ足を運んだのか、その理由がよく分からない。しかも、あんな夜更けに。  だからこそ、ミオも違和感を抱くに至ったわけだが、俺にはその問いに対する明確な答えを持たない。 「ミオの言う通り、変だね。何かしらの事情があるんだろうけど、おおかた、弱みを握られたとかじゃないか?」 「弱み? フクホンブチョーが困るって意味で?」 「たぶんね。じゃなきゃ仕事の時間外に、留置所になんて行かないよ。そのせいで副本部長は、犯罪者にスマートフォンを貸してしまった……という新しい弱みを握られてしまったわけだね」  まぁ、それが弱みになる原因を作ったのは、俺が録音した通話記録をデータ化して、大阪府警に提出したからなんだが。  とはいえ、(もと)を正せば、電話で情状証人になれと脅迫してきた奴が元凶であるわけだから、俺が責任を問われるいわれはない。だって被害者なんだもの。被害者は被害者なりに、自衛と再発防止のために事を起こした。それだけの話だ。 「よく分かんなーい。いっぱい勉強して、たくさんお仕事したから偉い人になれたんでしょ。どうして悪いことしようと思ったの?」 「さぁ、何でだろうな。俺も平社員だから理解はし難いけど、ただ、偉い人は時々勘違いをしちゃうのさ。『自分なら何をやっても許される』みたいなね」  勘違いならまだ可愛げがある。錯覚、あるいは慢心と言ってもいいだろう。己の高慢さが裏目に出て、思わぬところから槍で一突きされた副本部長は、彼と折り合わない派閥のお偉方に弱点を晒してしまったのだ。 「それって、ハバツの人に逮捕されちゃうってこと?」 「いやいや、さすがにその結末はないだろうね。逮捕までいっちゃったら、藪蛇(ヤブヘビ)になっちまうからさ」 「ヤブヘビ? 警察の人って、難しい言葉をいっぱい使うんだねー」  両手をついた女の子座りで、しばしば眉毛をゆがめながら話を聞くショタっ娘ちゃんには、大人の事情を理解するのはまだ早いようだ。  仕方ないよな。組織の派閥争いとか、大人の弱みがどーたらこーたらみたいな話より、次の日曜日に見られるアニメ談義に花を咲かせた方が楽しいに決まってる。

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