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59.商談二日目前夜(6)

「ねぇ。お兄ちゃん大丈夫? 疲れてない?」  下から覗き込むように、ミオが尋ねてきた。確かに疲れてはいるかもな。ここ一週間かそこらで、いろんな事が起こりすぎて。  ただ、この子とクラスメートたちは、さんざん無理をさせられた結果、学級閉鎖という憂き目に遭った被害者である。だからこそ、大阪まで連れ添ってきたミオが罪悪感を背負(しょ)うような事など、絶対にあってはならない。 「……疲れよりも、プレッシャーが大きすぎるのかもね。平たく言うと重圧でさ、ウチの会社が大儲けできるか否かの商談を、なぜか俺一人が担当することになっちまったもんで」 「大儲けって、どのくらいお金を貰えるの? 十万円くらい?」  いや十万円て! 昭和三十年くらいに採用されたサラリーマンの初任給じゃないんだから。 「ズバリ三億円だよ。つまり、十万円の三千倍ってことだね」 「えぇー、そんなに!? 庭造りって大変な仕事なんだねー」 「まぁね。安全に気を配らなきゃいけないし、広さを活かした全体の美しさとか、見て楽しむ芸術性とかも大切だから、アイデアを盛り込み始めたらキリがないのさ」 「そうなんだ。じゃあ、よっぽどお庭に詳しい人じゃないと、お話がまとまらないってことだよね?」  ミオの問いは実に鋭い点を突いている。今回のように「庭造り」という業務の請負いでソロバンを弾くなら、下請け業者となる一人親方の庭師とか、造園会社の営業職といった、その道のプロフェッショナルに見積もりを出させるのが望ましい。  ただ、俺は庭師一筋で家族を食わせてきた親父の背中を見て育っている。実家の庭仕事を手伝った経験だって何度もあるから、造園の専門知識なら、社内イチ詳しいという自負も一応あるつもりだ。  だから俺一人で商談に来い、とのご指名を受けた時にも、さほど動揺はしなかった。さすがに大阪への出張だとは予測できなかったけど。 「どういうテーマで庭を造り直したいのかは、ここに来る前にあらかじめ聞いてたから、カタログをしこたま持ってきたんだ。施主さんが口で説明できなきゃ、見本を示す方が早いもんね」 「なるほどー。ジュンビバンタンって言うんだよね、それ」 「そのつもりで来たんだけど、肝心の施主さんと、直接話をできる時間が極端に短くてさ。作ったはいいが、『どこそこが気に入らないから手直ししろ』って言われた時の事を考えるとな……」  そこまで言ってため息をつく俺を見かねたのか、ミオが女の子座りのまま、両手を伸ばして微笑みかけてきた。 「ね、お兄ちゃん! 来て来てー」 「え?」 「今日は、ボクが膝枕で(いや)してあげる!」  ひ、膝枕だって!?  男なら誰もが一度は夢見るという、母性本能が溢れまくりの膝枕に(いざな)ってくれるというのか。ウチのショタっ娘ちゃんが。  すっごく嬉しいんだけど、そもそも膝枕って、どっち向けて頭を預けたらいいんだろう?  ……現状、ミオが穿いているショートパンツのルームウェアからチラリと覗く、女の子モノのショーツが何とも艶《なま》めかしいわけだが。さすがに、ショーツの方を向いて頭乗せちゃダメだよな? いや待てよ、そういう意味での「癒し」も含めた上で成立するのが膝枕なのか?  うーん、こいつは困った。ここに来て、恋愛経験の少なさがモロに出るとは。さすがの雑学クイズにも、膝枕の問題は出なかったからなぁ。

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