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59.商談二日目前夜(9)
ミオの柔らか膝枕に癒やされながら、甘い言葉を交わしていると、ふいに振動音が鳴ってビクッとした。どうやら、テーブルに置きっぱなしにしているスマートフォンに、何らかの通知が来たようだ。
「今のって、お兄ちゃんのスマホだよね?」
「だな。たぶん佐藤が、また彼女に振られたみたいな、しょうもないメールでも送ってきたんだろ」
「え。『また』? 佐藤さんって、女の子にモテないの?」
幼い子の言葉選びだから仕方ないが、ものすごい直言ではある。この場に佐藤がいなくて良かったよ。
「……ん? 佐藤じゃなかった。京堂 さんからだ。あの人、こんな時間まで仕事しているのかぁ」
「だーれー? キョードーさんって」
「今日、庭の仕事で話をしてきた、大金持ち会長さんの秘書だよ。あのだだっ広い家と庭の管理を任されてる人だから、会長さんよりも庭の知識に詳しいんだってさ」
「そうなんだ。でも、どうして今、キョードーさんがメッセージを送ってきたの?」
そう尋ねたミオは女の子座りのまま、両手を組んでグーッと〝伸び〟をしている。眠気覚ましのためにやった、というわけではなさそうだ。
「簡単に言うと、京堂さんと話し合って取り決めた内容の一部に、東条会長から『待った』がかかったもんで、明日また来て欲しいってさ」
「んん? それって、カイチョーさんの気が変わったってこと?」
「だろうな。どの道、明日また行くことは決まってたんだけど、この文面から察するに、さっそく仕様変更が出たってところじゃないかね」
「難しい言葉だねー。そんなことって、お兄ちゃんのお仕事でよくあるの?」
「あるある。分かりやすい例えだけど、学校の給食でさ、たまにプリンとか杏仁豆腐みたいな、カップ入りのデザートを食べることがあるだろ?」
「うん」
「そのカップの底にある突起をむやみにヘシ折る子が多くて、デザートをひっくり返す事故が増えたもんだから、学校から『突起がないカップを使うプリンを届けてくれ』って頼まれるわけよ。これが〝仕様変更〟ってやつなんだね」
実を言うと、〝仕様変更〟という言葉に、これといって厳密な定義はない。生産終了した機械のモーターだろうが、突起のないカップデザートだろうが、同等品に交換するのなら、それは即 ち仕様変更なのである。
「なるほどー。お兄ちゃんって、いろんなお仕事を頼まれてるんだね」
「商事会社ってのはそんなもんさ。いかにジャンルが幅広いからといって……あっ!!」
「ふえっ!? ど、どうしたの? お兄ちゃん」
突然、静かな客室で大声を出した俺のせいで、驚いたミオが飛び跳ねてしまった。
「京堂さんに、きんつばのお菓子をもらったの忘れてた! 箱ごとカバンに入れっぱなしだぁ」
「よく分かんないけど、箱入りのお菓子なんでしょ? じゃあ、涼しいホテルのお部屋でも保存はできてるはずだよー」
「そ、そうなのか。今日はもう遅いから明日食べるとして、念の為に、冷蔵庫でしっかり冷やしておくよ」
大の大人が狼狽 する姿を見て母性がくすぐられたのか、ミオはベッドに戻ってきた俺を笑顔で迎え、再び天国へと誘ってくれた。ひとたびショタっ娘ちゃんの膝枕に甘えると、脳がとろけそうな幸福感で満たされるから不思議なものだ。ミオの美脚には神秘的なチカラが宿っているのかも知れない。
ああ、天にも昇るような気持ちだ。これだけ癒してもらえたんだから、ミオのためにも会社のためにも、明日の商談は絶対に成功させないとな。
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