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61.中期滞在(1)
魚釣り事業の大成功により関西圏内を牛耳った、東条信三郎 会長。政財界にも影響を持つ会長御自 ら、「大口の仕事を頼みたい」ということで、なぜか俺一人が単独指名を受けて、昨日ミオを連れて大阪へと出張した。
東条会長が住む豪邸には、とんでもなく広い庭がある。その庭をリフォームしたいとの事で、会長は予算に三億円という大金を用意した……のだが、このおカネの出所にはカラクリがあるのだという。
会長の大豪邸からお暇 して以来、ずっと胃の調子がおかしい。まさか、あんなに複雑な事情が幾重にも絡んでいただなんて、本社の上司は誰も教えてくれなかったじゃないか。
あー、すっごく胃が痛い。かくなる上は、ひとまず商談がまとまった事を本社に報告して、誰が「公安委員会への楔 の打ち込み」を行ったのか、こっそり聞かせてもらおう。
秋吉部長はどうせ蚊帳 の外だろうから、直属の上司である、権藤 課長に聞くのが確実なはずだ。録音した通話内容のコピーを課長に渡したのは、誰あろう俺なんだし。
……とはいえ、話の内容が内容である以上、〝反権藤派〟の誰かが、工作した内線電話で盗み聞きする危険性がある。だとするならば、その危険性を排除するために、机上の固定電話で連絡を取るのはヤメた方が良いだろう。
*
「……なるほど。そういう理由で、私個人の携帯電話にかけてきたんだな。とにかく、一人で良く頑張ったぞ、柚月 」
「ありがとうございます。庭師の息子として生まれて以来、父親の背中を見続けて育ったのが何とか役に立ちました」
「そうか。次は見積書の作成だな。大阪で最も優秀な庭園設計士 と、造園会社を紹介してもらうから、もうしばらく大阪 に居てくれ。業務と打ち合わせの場所を兼ねて、明日までに貸しオフィスを手配しておく」
貸しオフィスかぁ、徹底したもんだな。
経緯はともかく、本社に勤める人間が、この仕事だけのために大阪支店に出向させてしまうと、たぶん色んな軋轢 を生むと踏んだんだろう。
そりゃなぁ。大阪には大阪支店なりの優秀な商社マンが控えているのに、あえて本社に仕事を依頼されたとあっては、支店の方々もメンツを丸潰れにされるだろうし。
「あと、当面の住処 だがな。東条会長の自宅から、比較的近いマンスリーマンションの候補を、いくつかメールに添付しておいた。ホテルに帰ったら、ミオくんとよく話し合って決めるように」
「承知しました。すみません、本来は僕の仕事なのに、色々と気を回していただいて」
「慌ただしく出張するハメになったんだ。お前が気に病む事ではない。それより、ミオくんは元気か?」
「はい、症状がぶり返すといけないので、客室でおとなしくさせています。昨日は海の幸を食べて喜んでいましたし、今のところ、健康状態には問題ないかと」
「そうか。とはいえ慣れない土地での暮らしだからな。飲み水にだけは、充分な注意を払うように」
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