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61.中期滞在(5)

「お。これどう? 部屋自体はそんなに広くないけど、風呂とトイレは別だし、ベッドはオプションで替えられるらしいぜ」 「おぷしょん?」 「要するに有料サービスって事だな。追加料金さえ払えば、二人が一緒に寝られる大きさのベッドに替えてくれるんだよ」 「そうなんだ。でも、大丈夫? ボクのわがままで、お兄ちゃんがたくさんのおカネを――」  そんな不安を払拭させるべく、俺は隣に座っているミオの腰に手を回し、そっと抱き寄せた。 「大丈夫だから」 「んにゃぁぁ……お兄ちゃん……」  大胆にも抱き寄せられ、あまつさえ耳元でささやかれたことがよほど刺激的だったのか、ウチの子猫ちゃんは顔を赤らめ、すっかりメロメロになってしまった。  今では俺の腕に頭を預け、うっとりとした表情で、ぼんやりとパソコンの画面を眺めている。 「じゃあ、ここに決めていい?」 「うん。お兄ちゃん、だいすき……」  うわの空による空返事(からへんじ)なのか、俺に全てを委ねたのかは分からないが、返事の大半が愛の言葉になってしまっている。もしかしてミオは、耳へのささやきに弱かったりするのだろうか。 「よし。今日はひとまず仮予約を取って、明日の朝イチで、この不動産屋さんに寄ってみよう。問題なさそうなら、即日入居になるかもだな」 「ふぁ? なぁに?」 「即日入居だよ。明日からさっそく、このマンションに住み込みができるってことさ」 「それって大丈夫なの? ボク、ずっとお家にいるだけだよ」 「説明欄に〝二人入居可〟って書いてあるから問題ないだろ。ウチの課長も、それを含めた上で資料を送ってくれたんだし」  請け負った仕事の規模やら仕様変更やらで割り出したからこそ、権藤課長は、俺たちが大阪に滞在する日数は月単位に及ぶと踏んだわけだ。よって、当面の居住地としての最適解にマンスリーマンションを選んだのだろう。  それは分かるんだけど、ひと月単位で借りるにしては、割といい値段するなぁ。そりゃぁ、有線無線のネット回線みたいなITインフラの維持費やら、光熱費やらも含めなきゃなんだし、ただの賃貸住宅とはわけが違うんだろうな。 「ところでさ。学校の方からは何か連絡はあった?」 「んーん、ないよ。明日からオンライン授業を始めるけど、お勉強はいつやってもいいんだって」  そう説明してはくれたものの、おそらくミオ本人は「お勉強はいつやってもいい」の意味が分かっていないようだ。  オンライン授業とはいっても、学校から貸し出されたタブレットを用いて、授業の動画を再生するだけである。もっとも、それがリアルタイムである必要はない。 「いつやってもいい」の意味は、要するにそういうことだ。随時(ずいじ)タブレットに送信され、アーカイブ化された授業の動画を見て学ぶことで、ミオやクラスメートの子らが勉強で遅れを取らぬようにした。  学校側はそれを「オンライン」と表しているのだが、アーカイブ、つまり動画として保存された授業を見るだけなら、厳密にはオンラインとは呼ばない。  ……まぁ、そんな重箱の隅をつつくような指摘をしても仕方ないんだが、ミオに説明するなら次のようになる。 「学校のペースに合わせなくていいって話だろうな。極端に言うと、寝起きとか昼メロを見ながらとか、晩ご飯を食べた後にじっくり勉強したりとか、授業を受けるタイミングはミオの自由だってことさ」 「へぇー。でも、それって通信教育と同じだよね」  いや、そっちで通じてたんかい!

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