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61.中期滞在(6)
「――で、庭園設計士 さんとの打ち合わせは、明後日の十時半に設計事務所へ赴いて行うと。よし、これで今日やれる事は全部終わったぞ」
「お疲れさま! お兄ちゃん」
ノートパソコンを折り畳むと、その向こうでは、ミオがお茶のおかわりを淹れてくれていた。
今の滞在先はホテルの客室だから、正確には在宅勤務ではない。そもそもウチの社内規程では、自宅に業務用のノートパソコン類を持ち帰るのは、お咎 めの対象になっちゃうんだよな。
だから、業務に勤しむ俺の姿をミオが目にするのは、厳密には今日が初めてという事になる。
「ああ、ありがとう。退屈じゃなかったかい?」
「退屈じゃないよー。お兄ちゃんがお仕事頑張ってるところを見てて、ボク、胸がドキドキしてたの」
「え。それはどういう意味で?」
「……かっこいいから」
そう言いながら手を後ろに回し、モジモジする姿を見るに、どうやら俺は知らず知らずのうちに、ショタっ娘ちゃんの乙女心をくすぐっていたらしい。
とある雑誌が女性にアンケートを取ったところ、彼氏や旦那が車庫入れなどのバック駐車を行う際、首をひねって後方確認する横顔に胸がときめくのだそうだ。
それと似たような感じで、ミオは俺の働く姿を見つめ続けるうちに、次第に胸が高鳴っていったのだろう。
ただ、俺のことを「かっこいい」と言ってくれるのは、現・彼女であるミオと、リゾートホテルで仲良くなった、双子のショタっ娘ちゃんだけだ。女性とショタっ娘ちゃんでは、男性の好みが異なるのかねぇ。
「うん、うまい。今日はちょっと冷えるから、温かいお茶がありがたいよ」
「そーだね。お外は雨がいっぱい降ってるし、気温が上がりにくくなってたりするとか?」
「大体において正解だな。雨雲がこんだけ空を埋め尽くしてると、直射日光が差すスキマも無いからね。とはいえ――」
「んん? とはいえ?」
「天気予報じゃあ明日の夜明けまでは土砂降りらしいから、今日の晩ご飯で、うまい店探しに出かけるのは難しいだろうな」
話を聞いたミオは、いかにも残念そうな声を上げ、複雑な表情で窓の外に目をやった。もっともミオの場合、徒歩による、デートも兼ねた店探しができない事、そのものに対する失望感の方が強いのだろう。
ちなみに、地階にある和食料理店は、天ぷらが主力なのだそうだ。この雨で自由に外出ができないのなら、昼夜のメシは天ぷら尽くしになるのか。
うーむ。
「ね。見て見て、お兄ちゃん」
「ん? 何だい?」
「この〝るーむさーびす〟って書いてある紙、何だかいっぱいのお料理が載ってるよ。出前のことかな?」
……ルームサービス? なるほど、その手があったか。
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