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61.中期滞在(9)

「成分の分析は科学の進歩あってこそだから、たぶん近代になって根拠を見つけたんだろうな。柿の葉に含んでいるタンニンが、実は防臭だけじゃなくって、抗菌作用をも持つってことをさ」 「へぇー。柿の葉ってすごく便利なんだね。葉っぱの味が染み込んでなきゃいいけど」 「それは確かに気になるな。ただ、今でも柿の葉に包んでるから、味や臭いは、ある程度許容範囲だったんじゃないか?」 「あ! そっかー。タンニンでなれずしの臭いを消してたなら、柿の葉っぱの方がいい香りしてたって事だよね?」 「……たぶん」  何しろ、柿の葉寿司を食らう機会がほぼゼロだったもので、匂い移りに関しては全く断言できない。サンプルが足りてないんだよな。  参考になるかどうかは分からないが、奈良県は公式サイトにて、柿の葉以外でなれずしを包んでみよう! という旨の実験と結果を発表している。  ただ、味がどうこうというより、長期保存の成果を主眼に置いた実験であるため、食事中に読むのだけはオススメしない。 「まぁ消せるんなら、食欲を削ぐような臭みは消したほうがいいよな。例えば、滋賀県版なれずしと言えば鮒寿司(ふなずし)なんだけどさ、あの臭いが無理っつって食えない人は一定数いるし。何だったら釣り上げたばっかりのフナも臭いだろ」 「えー。フナが? そんなに?」 「いや、何というか。魚釣りの格言に、『釣りはフナに始まりフナに終わる』ってのがあるんだけど、釣ってすぐ食べることを前提にしてないんだよ」 「どして?」 「臭いから」 「あぅっ……」  あまりにも歯に衣着せない物言いだったせいか、ミオはすっかり言葉を失い、その場でフリーズしてしまった。この子は「キャッチ・アンド・イート」が信条だから、よけいにショックだったんだろう。  少年時代は近くの川や湖沼でマブナを釣って遊び、老後はヘラブナ釣りでもしながら、のんびりと余生を楽しむわけだ。それだけ身近な魚であるし、馴染みも深い。  マブナ釣りは簡単にできるため、魚釣りの楽しさを覚えるきっかけとしては最適である。しかし、食らうとなると別問題だ。マブナの生食は臭いがきつくて無理だし、野良猫だってチアミナーゼの危険性を察知して食べようとはしない。  ヘラブナ釣りは、釣り場に持ち込んだ椅子に腰掛け、釣り上げるための駆け引きを楽しむ遊びである。〝ヘラブナ〟という名前は、元々は品種改良されたフナの通称であり、その原種であるゲンゴロウブナと一括りにする地域もある。  ただ、ヘラブナも天然ものは生臭いし、同時に泥臭い。  フナに限った話ではないが、天然の淡水魚は生息環境や食性が養殖のそれとは大きく異なるため、臭いはキツイし寄生虫や細菌による食中毒のリスクだってバカにならない。そういう理由も引っくるめて、天然のフナは生食には向かないのである。 「軽く湯引きをして、〝洗い〟で冷水とか氷水を使って身を締めたフナは、臭みも取れてウマイんだけどね。ただ鮒寿司は、発酵させる過程で出る〝発酵臭〟で好みが分かれるんだってさ」 「なるほどー、そういう意味のニオイもあるんだ! やっぱり、お兄ちゃんは何でも知ってるよねー」  海水魚の握り寿司を食ってる間に、うっかり寿司の起源まで遡ってしまった。まぁ、今はどこのテレビも大雨の報道ばっかりだし、何よりミオの知識欲を満たせたようだから、実りのある話ができたって事にしておくか。

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