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61.中期滞在(16)

「まず。ごく一般的なガールズバーは、カウンター越しの接客が基本なんだ。イスだってちゃんとあるから、むしろ立ち飲み屋風なのが珍しいんだよ。しかも、キャバクラよりもカジュア……ある程度お気軽に働けるのも利点かな」 「キャバクラ? キャバクラが何か分かんないけど、そっちはお気軽じゃないの?」 「ガールズバーとは違って、風営法に則ってお客さんを接待するお店だからね。キャバクラで働く女の子はキャバ嬢とかキャストって呼ぶんだけど、まぁそれは別に覚えなくていいよ」  という説明に、ミオは大きく頷いた。この子が俺の恋人である以上、いくら歳を重ねようとも、キャバクラに入れ込む可能性がゼロなのは言うまでもない。なぜならばミオは、女性でも男性でもなく、俺だけに恋心を抱くショタっ娘ちゃんなのだから。 「で、そのキャバ嬢はお客さんの隣に座って、お喋りしたりお酒を作って手渡ししたり、タバコに火をつけてあげたりもする(※)。お客さんに奢ってもらったお酒もいただかなくちゃ、自分のお賃金も上がらないから、そりゃ大変な仕事だよ」 「ほぇ? キャバクラって、そんなにお客さんとベッタリするお店なの?」 「そうだよ。お店の方針にもよるけど、キャバクラで働く子は割と際どい衣装を着てさ、お客さんに気に入られるのも仕事のうちなんだぜ。例えば胸なんか、大きさに自信がある娘は〝北半球〟つって胸元を強調した……り……」  そこまで言ったところで、ミオの冷ややかさを宿した視線に気が付いた。こいつぁまずい!  聞かれたから答えたとはいえ、キャバ嬢が気を引くための、際どい衣装にまで言及する必要はなかった。あまつさえ、胸元だの北半球だのなんて、蛇足にもほどがある。 「ミ、ミオ?」 「……お兄ちゃんのエッチー」 「いやいやいやいや、ちょっと釈明させてよ。俺がそういう衣装を好んでるから言ってるわけじゃないぞ? そもそも俺は、進んでキャバクラに通ってたわけじゃないしさ」 「むー。じゃあ、どうしてそんなに詳しいの?」 「そりゃあ、仕事上の付き合いがあったからだよ。ウチの会社と取引するお客さんの中には、そういう遊びを好む人がいるからさ」 「だったら、お店には一緒に行くんでしょ。女の人たちとくっついて、お喋りとかしたりしなかったの?」 「しないしない。前にも言ったけど、お酒はほとんど飲めないし、女心も分からないから、俺みたいな奴はお客さんをヨイショするだけで精一杯だったんだよ」  余計な恥を晒す事になるのでミオには黙っておきたがったが、過去の接待では、とあるキャバ嬢に「お客さん、烏龍茶ばっかり飲んで、まるでお子ちゃまみたいねぇ」と見下された経験がある。言わば、「こいつ金にならねーな」と遠回しに罵倒されたわけだが、それ以来、キャバクラ接待を好む顧客は、全て同僚の佐藤が担当する事で話がついた。  だから今の俺は、仕事上の付き合いはもちろん、個人的な夜遊びとしても、キャバクラにもガールズバーに通うという選択肢がないのである。  何より恋人のミオが、彼氏である俺の帰りを待ってくれているわけで、それを踏まえて女遊びにうつつを抜かすなど、最低なゲス野郎のやる事だ。 「……ちっと横道にそれちまったけど、そんなわけでさ。ガールズバーで働く女の子らは、カウンターっていう仕切りを挟んで接客すればいいから、キャバクラよりは比較的安全なんだね」 「ふむふむー。ガールズバーのことはよく分かったけど、お兄ちゃんのことをバカにしたキャバジョーの人、ひどすぎない? おんなじお客様なのにぃー」 「そんなもんさ。かばうつもりは全然ないけど、キャバ嬢のお給料は、客に飲み食いさせたモノの料金にも左右されるからな」 「ヤなお仕事!」  そう言って、ミオは頬を膨らませた。いかに水商売のシステムを理解しようとも、客によって態度を変える不平等さが、この子にはどうしても許せないらしい。  キャバ嬢の全員がそういう性格ではないにしても、不当な扱いを受けた彼氏のために、プンスカ怒ってくれるミオの優しさが嬉しかった。     *  (※)現行の「改正健康増進法」(2020年改正)により、喫煙室を除く店内全てを禁煙にするキャバクラは増えました。法改正に従い、キャバ嬢が喫煙室まで同伴し、タバコの補充や灰皿の交換、消臭・口臭ケアグッズを提供するなどのサービスに力を入れるお店もあるようです。  ちなみに「喫煙可能店」の条件を満たすキャバクラでは、原則として店内のほぼ全エリアで喫煙が可能です。ですが、そもそも〝二十歳未満の飲酒と喫煙は禁止〟であり、デメリット(二十歳未満で働くキャバ嬢や二十歳未満のお酒を飲まない客、喫煙しない人らへの副流煙による健康被害を防げない)の方が多いので、およそ現実的ではありません。

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