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61.中期滞在(17)

 ――ミオと一緒に街ブラをした翌々日。  本社が適当に見繕った仮オフィスを引き渡され、俺はたった一人で、三億円もの大金が動く大仕口の窓口を務める事になった。  とある事件が予期せぬ縁を生み、施主から直々にご指名を受けて大阪までやって来たわけだが、滞在期間がこうまで伸びるのなら、ミオを一人、地元の神奈川で留守番させ続けるわけにはいかない。  って事で、ミオも一緒に大阪へと連れて来たのだが、何しろ仮住まいのマンションが狭いもんで、子供部屋の確保が不可能なのがどうにも気の毒だ。  そこで目をつけたのが、施主の豪邸まで徒歩で行ける貸しオフィスである。  今年から、ミオが通うことになった小学校のクラスは、〝精神論ジジイ〟によって酷暑の中で走り込みを強要され、熱中症や深刻な腎機能障害を引き起こし、多くの子らが救急搬送されるという大失態を犯した。  入院した子たちの命に別条はないのが幸いだったものの、筋肉や腎機能の回復に時間を要するのも事実だ。かような現状で、未だ退院の見込みすらつかない児童がいるのは無理からぬ事である。  そこで学校側は、学級閉鎖の責任を取る形で、ミオたちが学ぶクラスの子にタブレットを支給し、適宜ダウンロードされる授業動画を見ながら、無理のない勉強を進めてもらう方針を取ったのである。  で、ラッキーな事に、会社が借りた狭い狭い貸しオフィスには、何に使うのか分からない別室が空いている。そこで俺は、この別室を、ミオの勉強部屋として使わせてあげることにしたのだった。 「お兄ちゃん! お茶を(ルビ)《い》れたから飲んでぇー」  時刻は午前十時。休憩のタイミングを見計らって、給湯室から、ミオの元気いっぱいな声が響いてきた。仕事の手伝いはできないけど、一息入れるお手伝いができれば……と、ミオはミオなりに俺に尽くしてくれているのだ。 「はい、どーぞ! つめたーいほうじ茶だよー」 「ありがとう。水出しで作ってくれたのかい?」 「そーだよ。お兄ちゃんと一緒にここに来てから、すぐに作り始めたの。まだ、お湯の出し方とか分かんなくて……」  そう言ってミオは、お盆を胸のあたりに抱え、申し訳無さそうにモジモジしている。よく気が利く子だねぇ。動画による授業の合間に、こうして彼氏の休憩時間を把握してくれてるんだから。 「はぁ、おいしい。ミオが淹れてくれたお茶は世界一だな」 「またまた、大げさなんだからー。でも、お兄ちゃんに褒められるの……嬉しいな」  いつも思うが、ウチのショタっ娘ちゃんは乙女だよなぁ。真心を込めて作ったほうじ茶が「世界一」だと彼氏に褒められ、頬を真っ赤にしながら照れ笑いしている。  オフィスの壁と扉が透明なガラス張りでなきゃ、今すぐにでも抱き寄せて、ごほうびのナデナデをしてあげたいんだけどな。

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