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61.中期滞在(18)
「ねね、見て見てお兄ちゃん! かわいいお花がいっぱいだよー。誰が贈ってくれたの?」
つかの間の休憩時間でほっこりしていたミオが、先ほど届いたお祝い花の存在に気付いた。デスクに置いていいものなのか分からないもんで、壁際の書類棚に置いていたのだが、その華やかさはショタっ娘ちゃんの目を引いたらしい。
「お客さんの秘書をやってる人が贈ってくれたんだよ。この間、ミオは赤いコスモスが好きだって話をしてたから、コスモスと他のお花でアレンジメ……組み合わせを考えてくれたんだね」
今回、大阪のお大尽からご指名に預かった庭園のリフォーム工事は、請け負うまでの経緯が色々とややこしい。
関東にある本社勤めの俺が、大阪支店をすっ飛ばして窓口に選ばれた事実は、ともすれば支店のメンツを潰しかねない。ゆえに、この仕事だけは極秘裏に進めないといけないのだ。
こうして、小ぢんまりとしたオフィスを借りたのも、実はそういう複雑な理由が絡まり合っているからである。そんな中、「ささやかながら」と、お祝い花を贈ってくれた京堂女史の心遣いは、カワイイ物が大好きな、ミオの心を満たしてくれたのだった。
「そうなんだ! コスモスとガーベラがいっぱいでー、んん? このお花は何だろ? バラに似てるけど、何だか違うっぽいねー」
「え? ガーベラってどっち?」
などと言って、またやらかした事に気付くまで、一秒もかからなかった。
「花を愛でる女性にとって、花の名前にすら疎 い男とは、バラ園にすら行けない」
そうボヤいていたのは俺のお袋だ。要するに、息子の俺と親父に呆れてこぼした愚痴なんだが、さすがに、桜と菊とバラとチューリップしか知らないのはな。ことに親父は、「よく庭師が務まるわね」って言われてたっけ。
俺は俺で、学生時代に『青峰 の雑学王』とまで呼ばれておきながら、ガーベラが何なのか知らないのはマズイよなぁ。乙女心あふれるショタっ娘ちゃんをガッカリさせないためにも、今ある雑学の知識をフルに使って、何とか話題に花を咲かせなくては。
「えっとね。こっちの花びらがいっぱいある方がガーベラなんだよ。お兄ちゃん、コスモスに似てるって思ってたんでしょ?」
「う、うん。ごめんな、あんまり花に詳しくなくて」
「もー、そんなことないってば! お兄ちゃんと一緒に線香花火で遊んだ時、彼岸花のこと、いっぱい教えてくれたじゃない?」
「ああ、曼珠沙華 の事だね。その話で思い出したんだけど、ガーベラの和名には、『ハナグルマ』ってのがあるんだぜ」
「ハナグルマ?」
「そう。花びらが風車っぽいから『花車』と名付けたらしいよ」
今しがた、ガーベラとコスモスの違いを知った奴のセリフではないかもだが、和名に関しては、それなりに深い豆知識を披露できたんじゃないか?
「ふーん。だったら『花風車 』でよくない? 『風』を取ったら、名前の元が風車だって分かんなくなるよね」
「はは……そ、そうだね。今じゃあ、車輪の方を思い出しちゃうかもだし」
さすがに鋭いなぁ。和名の由来を説明した俺が言うのも何だが、ミオの指摘はとても現代的だと思う。
もっとも、日本に初めてガーベラを持ち込まれたのが大正時代って話だから、件 の和名が付いた当時は、たぶん風車の方がポピュラーだったんだろうな。
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