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61.中期滞在(19)

「そういや、もうお昼ご飯に近い時間なんだな。ミオ、何か食べたいものある?」  その質問がよほど難しい問いだったのか、ミオは困ったような顔で首を傾げ、斜め上の虚空を見つめ始めた。 「うーん。学校に行く日はいつも給食だったから、お献立で迷ったりしないんだけど……」  ミオはそこまで言って目を伏せると、不動のまま黙りこくってしまった。ここが地元・神奈川県ならまだしも、各々が今、仕事や勉強に励む貸しオフィスの所在地は大阪府である。  それだけに、余計に迷いが生じるんだろう。大阪の昼飯事情なんて、どこに正解があるのか分かりゃしないんだから。 「一応この辺りは栄えてる方だし、近くに飯屋やらコンビニはあると思うんだけど、やっぱり献立次第だよな。〝お好み焼き定食〟と〝たこ焼き定食〟を候補に挙げないのは決定事項として」 「うんうん」 「かといって、どの店の何がウマイのか分からないなぁ。ここいらがオフィス街なら、どこぞの弁当屋さんが、歩道に置いた長テーブルに、ご自慢の弁当を積み上げて売ってくれるんだろうけど」 「なぁに? それ。お弁当屋さんが屋台を出すってこと?」 「それに近いかな? 要は移動販売ってやつでね、自分の店でこしらえた弁当を、ワゴン車に積んで売りに来るんだよ。ただ――」 「ん? ただ?」 「ただ、なにぶんにも取らなきゃいけない許可が多いもんでさ。飲食店営業の許可は当たり前として、弁当を売りに来た車を停め続けるにしても、道路使用許可が必要だし。要はじゃできないって事だな」 「へぇー。じゃあ潜らなきゃいいってことだよね!」  何だか潜水艦か何かと勘違いしてそうな反応だが、とにかく弁当は人様の口にお届けする食べ物であるからこそ、もしもの時の為に、原因と責任の所在をハッキリさせなくてはならない。そのために許可の取得が必要となる。  弁当に限った話ではないが、食べた人が食中毒を起こして搬送され、日本全国を戦慄させてしまうような事件は、「本来なら」万に一つも起こしてはならないのである。死のマフィンなど論外中の論外だ。  ……それはともかく。  たまに外食へ行くならいいんだが、大阪の食事情に(うと)いからといって、毎日外食や出前で済ませていては、食費がかさんで仕方ないよなぁ。  いかに三億円の仕事をもらったからといっても、その三億円が丸々、俺の懐に飛び込むわけじゃないし。可能な限り節約を心がけて、かわいいミオとのデート代に回したいし。  何か良いメシの調達手段はないか、二人揃って腕組みしつつ思案を巡らせていると、ふいにガラス戸をコツコツと叩く音が聞こえてきた。  今日は誰とも会う約束をしていなかったので、おそらく、何らかの業者が飛び込みの営業をかけに来たんだろう。中身の見えないコンテナを重ね、台車に乗っけている姿を見るに、お得意様回りのついでってところか。  まだ残暑も厳しいこの時期に、炎天下を徒歩で移動とはご苦労なことだねぇ。 「お兄ちゃん。ボク、お勉強に戻るね」  そう言うと、ミオはさも隠れるかのように、そそくさと奥の部屋へ戻ってしまった。  まぁ仕方ないな。何もやましくないんだけど、個人オフィスに子供がいる事を突っ込んで聞かれるのは、俺にとってもミオにとっても面倒極まりない。  察するに、かの営業マンは、空き物件が事務所になったもんで、新規顧客の獲得を目論んで、ダメ元で寄ってみたんだろう。  それ自体は別に構わないんだけど、普段、この貸しオフィスには俺とミオの二人しかいないしなぁ。もしも大容量のウォーターサーバーや高スペックパソコンの売り込みだったら、残念だけど断らざるを得ないぞ。  万が一、俺がOKを出したとしても、本社に回した稟議(りんぎ)は絶対に下りないんだから。

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