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61.中期滞在(22)
――夕刻、定時での退社が迫ってきたころ。
先ほど設計士から渡された、庭園工事の完成予想図を眺めていると、同僚の佐藤が電話をかけてきた。
「もしもーし。非モテのおっさん、頑張っとるかー」
「あぁ。どなたかと思えば、今をときめく出世頭の佐藤大先生じゃないですか」
「そらお前やろ。皆が知らん間に、いきなり三億円の仕事取ってきやがって。何でオレには回ってけぇへんねん」
「すぐナンパするからじゃないか?」
「するか! 本社勤めやのんに」
まるで、本社勤めじゃなきゃナンパするかのような突っ込み方だ。もっとも佐藤のことだから、こっちに来たら来たでやるんだろうけど。
「まぁ冗談はさておき、すまないな。ただでさえ忙しいのに、俺の仕事まで回す形になっちゃって」
「そんなん気にすな、一課の営業マンはオレだけやないねんから。当分は何とかなるて」
「悪いね。そっちに帰ったら、またメシでも奢 らせてもらうよ」
「かめへんかめへん。オレはオレで特別手当を貰 とるさけぇ。実はな、柚月 が取ってきてくれた庭園工事のおかげで、会社の景気も上向きやねん」
「え? なぜ?」
「そら三億じゃ終わらんからやろ。考えてもみぃや、お前の顧客は東条釣具店 の創業者やねんで」
「どういうことだ?」
何も知らないフリをして聞き返すと、佐藤が呆れたような溜息をついた。当事者の割には、あまりにも察しが悪い奴だと思われたのかも知れない。
「お前なぁ……いや、そっちの人間やないと分からんのか。要するにな。東条信三郎 言うたら、関西の政財界じゃあ、どこにでも幅を利かせられるお人なんやて」
「それはこないだ知った。大雨でさえなけりゃ、どこぞの府議会議員さんとの付き合いで、串本 までカセ釣りに行くつもりだったらしいよ」
「は? 大阪からか?」
「うん。経営から手を引いても、影響力は残し続けるって事だろ。で? やたら本社の景気が良いのは、その人とウチとで新たなコネを作れるって見込みの話?」
「せや。秋吉部長が言い出した事やさけぇ、確かに楽観的ではあるわな。『捕らぬ狸 の皮算用』いう諺 もあるしの」
案の定か! 切れ者の権藤課長がそんな事を言いふらすわけないしなぁ。超大口の商談がまとまって、何かと金払いが良くなったって話なんだろうが、それ自体に異論はないんだよ。
ただ、この庭園リフォームにかかる工事費用の三億円は、不祥事のもみ消しをお願いする代わりにひねり出した、某府警の副本部長による私費だし。色々〝いわく付き〟だぞ。
あの部長、ホントに背景を理解してんのかな。
「ところでミオちゃんは元気か? あの子の写真立てがあらへんと、何か物足りんでなぁ」
「元気だよ。膝ま……何でもない。今は別室でお昼寝中だけど、元気そのものさ」
おっと危ねぇ! あの心地が良い膝枕の思い出を、うっかり喋っちまうところだった。佐藤にはまだ、俺とミオが恋人同士なのを明かしてないんだ。
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