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61.中期滞在(23)
「ん? お前、ミオちゃんを事務所まで連れて行って仕事しよるんか?」
「そうだよ。学級閉鎖が一向に終わんないから、当分はオンライン授業だし。大阪にまで来て、一人で留守番なんてかわいそうじゃん」
「……せやのう。ほな、メシはどないしてんねん。毎度毎度、外食っちゅうわけにもいかんやろ」
「そっちは宅配弁当に決めたよ。ただ、ミオが大人一人前を食べ切れなくってさ。明日からは、小学校向けの給食弁当も届けてもらう契約にしたんだ」
という説明に対する、佐藤の反応は鈍かった。おそらく佐藤は、給食当番を務める児童らによる、大きな鍋やら給食缶やらをセッセと運ぶ風景こそが全国共通だと思い込んでいるのだろう。
まぁある意味、給食のステレオタイプではあるんだが、小規模な学校とか、ことに分校のような生徒数が一桁台しかない学校では事情が異なる。つまり、給食室そのものがない学び舎だって普通にあるという事だ。
共働きなどといった家庭の事情を鑑みるに、ほぼ毎日、自宅から手作り弁当を持たせるわけにもいかないだろう。だからこそ、給食弁当にスポットライトが当たるのである。
「ほー、そりゃエエやないか。契約書と稟議書 さえ送ってくれたら、オレが課長の代わりにハンコ押しといたるで」
「お前、よく仕事中にそんな話できるな。というかミオと俺、二人分の弁当を届けてもらう契約なんだから、会社の稟議は下りないって」
「やっぱアカンかな。昔のゼネコン(総合建設業)の所長から聞いた話やと、請負金額の一%をちょろまかして、自分の家を建てたらしいで?」
もの凄く極端な例えを出すんだな、こいつ。確かにその話は俺も耳にしたが、さすがに一%は盛り過ぎじゃないか? 仮に請負金額が百億円だとしても、その百分の一を懐に入れたって話になるんだぞ。
「無理無理。色んな意味で無理。家ならもうあるし」
「ハハ、言うと思たわ。東条会長くらいのお人になると、カネに目がくらんだ奴の邪念が見えるっちゅう話やさけぇの。お前が好かれてんのは、その邪念がカケラもあらへんからやろ」
やたら褒めるじゃん、佐藤の奴。もっとも顧客の東条会長は、その庭園工事にかかる費用なんか、ビタ一文も出してないんだけどな。
「お兄ちゃーん……おはよ」
日が傾くころまで佐藤と喋り続けていると、お昼寝から目覚めたミオが、眠い目をこすりながら俺の膝に乗ってきた。まだ寝ぼけているからか、ここが俺たちの家だと勘違いしているようだ。
キリ良く佐藤との通話を終えた俺は、ミオが落っこちないよう抱きかかえつつ、帰り支度を始めた。
「よく眠れたかい? ミオ」
「うん。暑いから薄着で寝ちゃってたー」
たぶんこの子は、ショートパンツの事を指しているんだろう。
普段から布面積が少ないファッションを好んでいるのに、あれ以上薄着になったらどうなるのか、想像するだけでドキドキしてしまうよ。
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