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61.中期滞在(24)

「くぁー。疲れたなぁ」  貸しオフィスの開設初日で気を張り過ぎたせいか、晩ご飯を食った後の眠気がやたら強い。初めて訪れた土地の言葉や習慣、風習などに順応しようと集中しすぎて、気疲れしちまったのかも知れないな。  でも、こんな時間に仮眠を取ってしまうと、起き抜けで風呂に入るのが、もの凄く億劫(おっくう)になるのは間違いない。が、それでは里親失格だ。  ミオとたくさん一緒にいるために、二人で入浴すると約束したのは俺の方なんだ。その約束を違えぬためにも、浴槽を満たすまでは、濃い目のコーヒーでも飲んで眠気をふっ飛ばすとしよう。  コーヒーには、言うまでもなくカフェインが含有されているため、覚醒効果がある。もっともコーヒーに限った話ではなく、緑茶や烏龍茶、紅茶にだってカフェインを含むのだが、俺はとある人物へのアンチテーゼとしてコーヒーを好むようになった。  今でこそ付き合いのない親戚のおばさんがその人物なのだが、とにかく言っている事に説得力と整合性がない。何なら説得力に足る根拠すらない。  子どものころ、親戚一同が集った食事会ではやたら難癖をつけられ、「納豆はよく混ぜて食え」と、しつこく言い聞かされた。そんなおばさん自身は、「納豆は匂いが嫌いで食えない」と言うのである。  こんなバカな話があるか? 何で納豆を食わないおばはんから、食し方を熟知している俺が指南されなきゃならんのか、不思議でしょうがなかった。  そんなおばさん曰く、「コーヒーよりも紅茶の方がカフェインは少ないから胃に優しい」という謎の固定観念でもって、俺にばかり紅茶を飲ませてきたため、嫌気が差し、次第に親戚付き合いを避けるようになっていったのである。  そういう経緯があって、俺は余程の事がない限り紅茶を飲まなくなった。確かに銘柄や淹れ方でカフェインの含有量は左右するものの、「コーヒーは総じて紅茶よりもカフェインの含有量が多い」というおばさんの独自研究は統計に基づかずに決めつけた空論であるため、事実ではない。  ああいう親を持つと、子供たちもさぞや苦労したんだろうが、ある意味反面教師ではあったのかな。俺はそもそも、情報の裏も取らずに(しつけ)をするような、適当な里親を目指してはいないもので。 「ねぇねぇ、お兄ちゃーん」  苦い経験を胸にしまい込みつつ、濃いめに作ったホットコーヒーをすすっていると、タブレットを胸に抱えたミオが浮かない顔で寄ってきた。 「ん? どしたの、ミオ。タブレットのバッテリー切れでも起こした?」 「『ばってり』はまだあるよー。そうじゃなくて、授業のお手伝いをして欲しいの」 「そりゃいいけど。何の科目だい? 自慢じゃないが、算数はあんまり得意じゃないぞ」 「それがね……体育なの。ヨガっていう変なポーズの動画を撮って送りなさいって言われて……」 「え? ヨガ? 体育で?」 「そそそ。こーいうのだよ」  ミオがタブレットを向けると、その画面には、やたら複雑なポーズを取ったヨガインストラクターの姿が映し出されていた。  別に、ヨガを否定するつもりは毛頭ないが、ヨガはそもそも体育なのか? という疑問が拭いきれないのも偽らざるところだ。 「何でヨガなんだろう。学校側は、ミオたちがどのくらい柔らかいのかを知りたいのかな?」 「分かんなーい。ボクもヨガのこと知ったの、ついさっきなんだもん。でね、お兄ちゃんにお願いするお手伝いなんだけど――」 「うん。何でも言ってごらん」 「ありがと! えっとね、最初はこの写真みたいな、『猫のポーズ』をやってみるから、お兄ちゃんに動画を撮ってほしいの」

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