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61.中期滞在(28)
「せっかく来てくださったんだから、今回のお見積りは、私が代理で承認させてもらいますね」
「え。大丈夫なんですか? 後で会長から『もっと勉強させんかい!』みたいなお叱りを受けたりとかは……」
「ないですないです。ここだけのお話、追加工事の分も合わせて、費用はぜーんぶ〝例の副本部長〟持ちですから」
サラッとエグい事言うなぁ。そりゃまぁ、不祥事の揉み消しを東条会長にお願いするために、三億もの大金を積んだのは周知の事実なんだけどさ。
だったらこの追加工事の分は、一体、何に対して捻 り出したおカネなんだ?
「改めて確認します。会長が柚月さんに依頼した追加工事の内容は、洋風の枯山水を作る事と、全照明をLED化にする事の二点ですね」
「はい。枯山水の洋風化においては、完成予想図を三通りほど用意しました。見積書の五枚目以降に添付した画像がそれなんですが……」
ここで口ごもってしまった。いかに京堂さんが、会長から信頼された秘書だとは言えど、三通りのデザインから、「このデザインにしましょう!」と即決できる権限までは持たせられていないのでは? と推察したからだ。
枯山水に用いる骨材(細かい砕石など)が品切れしちゃ、工期にもズレが生じてしまうから、できるだけ早く発注したいんだけどな。
「へぇー。枯山水を洋風にすると、こんな見た目になるんだって、初めて知りましたわ。この中で会長のお孫さんたちに受けが良いのは、やっぱり三つ目かしら」
「そうですね。設計士との打ち合わせで、遊び心を盛り込んだデザインを一つ提案してみよう、って話で完成したのがそれなんです」
「可愛らしくって好きですよ、私。恋人のミオさんも、こちらがお気に入りだったんじゃないですか?」
あっさり見透かされてしまった。というのも、子供の視点として、どの枯山水が好きかを尋ねたところ、ミオも同じデザインを選んだからだ。
「ふふ、やっぱりですね。じゃあさっそく、『京堂のイチ押し』として、第一秘書のパソコンに送っておきたいんですけど、完成図のデジタルデータはお持ちですか?」
「あ、あります。こちらのUSBメモリをお使い下さい」
京堂さんはニコニコしながらUSBメモリを受け取るや、手持ちの端末に差し込み、慣れた手つきで完成図の転送を始めた。
「ウチの第一秘書は、会長の外出に付き従うのが専門だから、今は同じ病院にいるんです。秘書のパソコンづてに枯山水のデザインを見せて、会長に決めてもらいましょう」
「病室で、ですか?」
「もちろん! VIP専用の個室を確保したと聞いていますから、他の患者さんたちには、一切の迷惑をかけさせないつもりです!」
……ちなみに、そのVIP専用病室は、時の総理大臣だとか、他国の大統領夫人・あるいはその子どもたちといった、あらゆる分野での要人や、その縁故者御用達なのだそうだ。途方もない広さと、充実した設備や接遇に比例した、「それ相応の金額」で提供されるらしい。何だかスケールのでかい話だなぁ。
とはいえ、病室の広さで羨んでも仕方ない。今の東条会長は風邪の悪化によって、他の病気が併発しないかどうかの瀬戸際なんだから、ただただ快癒 を願うばかりだ。
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