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62.お魚さん尽くし(1)

 ――二日後。  俺は再び、いまだ検査入院中につき、家主不在が続く東条会長宅へと向かった。追加工事の見積書がそのまま通ってしまったので、下請け業者に工程表を提出させ、その写しを届けに来たのである。 「はい、確かに受け取りました。東条会長はもうしばらく入院だから、引き続いて私が施主を代行しますね」 「かしこまりました。よろしくお願いします」  会長には悪いけど、こんな感じで、秘書の京堂さんと打ち合わせできた方が気が楽だなぁ。才色兼備で親身的だし、俺とミオの関係を知って、それでもなお祝福してくれるお人だから、プレッシャーも最小限で済む。 「今さらだけど柚月(ゆづき)さん。仕事がお早いんですね!」 「いやー……ははは。なにぶんにも、業者さんが優秀なもので」 「またまたぁ。柚月さんはお優しいから、そうやって業者さんを立ててますけど、もっと自信を持っていいんですよ! って、〝小さな彼女さん〟にも、同じことを言われませんか?」  す、鋭い! これが女性の「第六感」というものか。  確かに俺は社内でも社外でも、〝小さな彼女〟こと、ショタっ娘ちゃんのミオにさえも、同じような指摘をされる事が多い。「もぉ。お兄ちゃん、ケンソンしすぎなんだからー」ってな感じで。  ミオや京堂さんが口を揃えて言うのだから、やっぱり俺は、事あるごとに謙遜《けんそん》している場面が多いんだろう。あくまで個人的にだが、自己評価と自信の強さは比例するからね。  とはいえ、そこで卑屈(ひくつ)になってしまうと、謙遜とも自虐ともつかない負の感情しか生まれなくなる。だからこそ、「自分に自信を持って」というエールが心に染みるのだ。 「よく言われます。もっともミオの場合は、彼氏としての自信を……って意味だと思うんですけど」 「あら! そのお話、とても興味がありますわ。打ち合わせも終わったことですし、もっとお二人のこと、聞かせていただけませんか?」 「え? はぁ、まぁ。オフレコで良ければ」  という返事を聞くや、京堂さんは笑みを浮かべて立ち上がり、おもてなし用の茶菓子を取りに行ってしまった。  おそらく京堂さんは、俺たちの色恋沙汰(いろこいざた)を深堀りして聞いてみたいたいんだろう。ケンカや揉め事などを起こした例は一度もないから、たとえば十七も年下のショタっ娘との間に、どんな浮き名が上がっているのか?  興味が湧いたのだとしたら、おそらくその辺りだと思う。ただ、あまり赤裸々に打ち明けるのもなぁ。俺はともかく、ミオの私的な話までを明けっ広げにするのは、とてもじゃないが彼氏として彼女を守っているとは言えない。  ……ちょっと考え方を変えてみるか。  来たる土曜日には、ミオと二人でイトヨリダイ料理を食べに、中央卸売市場へ行く約束をしたんだが、実を言うと、肝心の料理店がまだ絞れていない。なぜなら、あまりにも情報が少ないからだ。  そんな折、偶然、魚釣りの事業で関西圏を支配した、お大尽の秘書さんと話をできる機会が得られたのである。だったらこの機に、彼女が持つ情報から、イトヨリダイの料理がウマイお店と、良く空いてる時間帯を教えてもらえばいいんじゃないか?  そう考えたのである。要は話題の誘導ってやつだ。  ついでに、近傍にあるデートスポットも教えてもらえれば、土曜日のプランは完璧なんだけどね。

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